ビーサイド


「いいよ、割り勘にしようよ」

そう言っても白石さんは頑なに譲らない。

「誕生日の人にお財布出させるほど、お金に困ってないの!」

結局、彼は全額支払いをして私のお金は受け取らなかった。

「ごめん…ありがと。ごちそうさまでした」

「誕生日なんだから当然じゃん。次からは割り勘ね」

お酒の入った大人の言う次、ほどアテにならないものはない。

そんなことはとうにわかっている歳にも関わらず、白石さんが何気なく発した次、という言葉に口元が緩んで仕方なかった。

居酒屋を出ると、彼はナチュラルに私の手を取って歩き出す。

きっとこういうの、慣れているんだろう。

「はい、ここ」

「え?」

あっという間に到着した彼のアパート。

「随分と近くだったんだね…」

あの時の間の意味がわかった私は、急に恥ずかしくなってしまった。
まさかもうあのときから始まっていたなんて。

彼からしたら、ただの尻軽女だと思ってあのとき微笑んだのだろう。

自分の経験値の低さが嘆かわしい。

「いやー今日は異常に寒いね」

そう言いながら彼は3階建てのアパートの階段を上っていき、2階の角部屋の鍵を開けた。

「狭いけど、どーぞ」

「お、お邪魔します」

ここまで来ておいて、急に引き返したい気持ちに駆られていた。
尻軽女に思われていたとしても、実際には私は洋介以外の男性を知らない。

緊張して吐きそうだ。

28歳のくせして、感じてることが高校生みたいな自分に呆れる。
世の28歳の女性たちは、きっとこれくらい慣れっこで、ここまで心臓が破裂しそうになる人なんてそう滅多にいないだろう。

そうは思いながらも、今更そんなことを言い出す勇気もなく。
恐る恐る、私は初めて洋介以外の男性の部屋に足を踏み入れた。