ビーサイド


優しく頭を撫でてくれる白石さんの手が、余計に涙をそそるんだ。

こんな手、昨日まで知らなかった。
12年前から昨日までずっと、この手は洋介の手だった。

でもたぶんそれが悲しいわけじゃないんだ。
この涙は、洋介と別れる悲しみで溢れているのとは、たぶん違う。

「私、その人のこともうずっと、本当はずっと好きじゃなかった」

白石さんにとってこんなのはただの強がりに聞こえただろう。
でも誰かに懺悔したかった。

「んー。大丈夫大丈夫。」

情けなくも、5つも年下の彼の優しい声が、喉の奥を癒していく。


どれくらいの時間だったかわからないが、ようやく涙がおさまった頃。

「もう大丈夫…ごめんねみっともないね」

白石さんの手が離れると、わずかに寂しさを覚えた。

「朱音さんさ、もう終電ないんじゃない?」

彼の言葉に腕時計を見やるが、まだ21時半だ。
しかもここからなら最悪、タクシーでだって帰れる、と思ったところで彼の真意に気付いた。

「へ……」

私、彼に住んでいるところなんて話していない。


「帰れないね?」


妖しく微笑むその顔に、今日一番、胸が高鳴った。

やっぱりどうするのが正解なのって、頭では正解ばかりを求めているが、本当はわかっている。

正解なんて、「帰れるよ」そう答えることだ。

それが事実なんだし、白石さんには今日会ったばかりだし、洋介と別れたその日になんてありえない。

正解がわかっているのに、それを答えられない理由はただひとつ。

「…まだ一緒にいたい」

その想いに抗えない、それだけのことだ。