ビーサイド


待ってる、と答えた私を見て、白石さんは可愛く笑った。
自分の目がハートにでもなっていないか、不安である。

ライブハウスの付近をうろうろしながら、本当に15分経ったくらいで白石さんが階段を駆け上がってきた。

「お待たせ」

息の切れた彼に、失礼にも豆太を思い出してしまった。
豆太というのは、うちの実家で飼っているコーギーのことである。

「下北で飲みたいところではあるんだけど、今日金曜じゃん」

「あぁ確かに。混んでそうだね」

「久我山まで行ってもいい?美味しいとこあるから」

久我山であれば、下北沢よりも家に近いから助かる。
そう思って安易に私はそれに頷いた。

「…じゃいこっか」

― なに、今の間。
なんか間違った?

見上げた彼は妖しく微笑んでいて。

一抹の不安を抱えながらも、私たちは京王線に乗り込んだ。


久我山駅に着くと、白石さんは慣れた足取りで坂道をのぼっていく。
道には何軒も居酒屋が並んでいたが、彼はそれには目をくれる様子もない。

少し飲食店が減ったところで曲がると、住宅街の中に一軒だけ、提灯が見えた。

「もしかして、あそこ?」

「そうそう。俺がよく行くとこなんだー。空いてるといいけど」

白石さんがよく行くところというだけで、胸が躍る自分に恥ずかしい思いがした。
本当に単純な女である。

「2人なんすけど、」

こじんまりとした店内には、カウンター席とテーブル席がわずかにあるだけで、すでにそのほとんどが埋まっていた。

「カウンターでよければどうぞー」

案内されたカウンター席に腰をかけると、想像以上に白石さんとの距離が近い。

時たま触れる肩に、年甲斐もなくドキドキしてしまっている自分がいた。

「朱音さん最初なに飲む?」

「あ、生で」

ついいつもの調子で即答してしまい、はっとした。
きっとこういうときモテる女性は、甘いものとかせめて梅酒とか、そういったものを頼みそうな気がする。

「あは、意外なんだけど」

そう言ってはにかんだ横顔に、いささかの恥ずかしさと、忘れかけていたときめきを感じた。

12年もの間、ずっと同じ男の横顔を見ていたのだ。
急にこんなに若くてかっこいい男の子が隣にいたら、それは当然のことだろう。

洋介以外の男性と、2人きりでお酒を飲むのも初めてだし。

緊張と、忘れかけていた女としての感情が渦巻いて、錯覚してしまっているだけだ。

これは恋なんかじゃない。

必死に何度もそう言い聞かせて、彼とジョッキを合わせた。