片翼の蝶




しんと静まり返る。


この古臭い匂いに包まれて、私は目を閉じた。


珀は死んでしまってから、
どれだけ人の体を借りたんだろう。


どんな気分なのかな。


人や物に触れることが出来て、
みんなが見ることが出来る。


そんな感覚に懐かしさを覚えたりするのかな。


どんな思いで、乗り移るんだろう。


私を助けるために珀は、
どんな思いで高田くんに乗り移ったのかな。


私はまだ、珀に助けてもらったお礼を言っていない。


「ありがとう、珀」


〈はっ?〉


「助けてくれて、嬉しかった」


〈そうか〉


私がお礼を言うと、
珀は恥ずかしそうに頭をかいてそっぽを向いた。


向けられた背中を見つめる。


大きくて、しっかりした背中に、
何故か触れてみたいと思って手を伸ばした。


当然触れられることはなく、
私の手は珀の体をすり抜ける。


すると珀は私の方に向き直って
唇に大きく弧を描いた。


〈なにしてる〉


「べつに何も」


〈お前、俺に触れただろ〉


「触ってない。触れないもの」


〈いや、触れたよ〉


珀は優しい顔をしていた。


いつもの馬鹿にしたような笑みではなく、
自然な微笑みで。


大人っぽくて、妖艶で、
その優しい眸を見ているととろけてしまいそうなくらい、
珀は優しかった。


触れられない珀の体。


その体に触れたいと、今度は強く思った。


その時にはもう、
珀の顔はいつもの顔に戻っていたけれど。