教室はいつもの通りに戻ったけれど、
あちこちで噂が広がっていた。
高田くんが私を庇ったのは、
私を好きだからとか、
実は二人は付き合っているとか、そんな噂が。
私は前の席に座る高田くんをじっと見つめた。
高田くんは眠っているようで机に突っ伏していた。
〈おい、今のなんだ?〉
―別に、なんでもないよ
〈せっかく助けてやったのに、
貴子をわざわざ庇うなよ〉
えっ?と思って珀を見る。
珀は真剣な顔をして私を見ていた。
―助けたって、何?
〈だから、俺が高田とかいうやつに代わって
助け舟をだしてやったんだ〉
―それって、乗り移ったってこと?
〈そういうことだ〉
手が、震えた。
まさかと思った。
目の前で寝ている高田くんを見つめる。
私は何も言葉が出なくて、
ノートを静かにしまった。
怪訝そうな顔で珀が私を見る。
私は全てをしまい込んで立ち上がった。
先生が眉を顰めて私を見る。
「高杉、どうした?」
「ちょっと具合が悪くて。
保健室に行ってきます」
「そうか、一人で大丈夫か?」
「大丈夫です」
頭を下げて教室を出る。
しばらく歩いて、私は三階まで駆け上がった。
息が上がるのを感じながら図書室の扉を開ける。
中には誰もいなくて、しんと静まり返っていた。
私は珀の小説を見つけた書架まで歩いて立ち止まった。
勿論、私の後ろには珀がいた。
〈どうした?〉
「なんで、そういうことをするの?」
私は珀の方を見ないでそう言った。
拳を握りしめて、唇を噛みしめて、俯いた。
私の声は震えていた。
怖かったの。
人に乗り移るということは、
とても怖いことだと思ったの。
〈そういうこと、とは?〉
「乗り移るって何?あなた、
高田くんに何をしたの!」
珀の方を振り返って、私は叫んだ。
珀の真っ直ぐな眸と合う。
珀は訳が分からずに首を傾げているところだった。
〈別に何も。体を借りただけだ〉
「そんなわけないでしょう!
だいたい、許可もなく
体を借りるってダメでしょう」
許可が下りればいいのかと聞かれると
そうでもないけれど、とにかく私は怒っていた。
私を助けてくれた珀の優しさよりも、
珀が黙って人の体を借りたという事実に対して、
憤りを感じていた。
何故自分がこんなにも怒っているのかは
分からなかったけれど、
とにかくいけないことだと思った。
眠っている高田くんを見て、
とても怖くなったの。


