片翼の蝶




「今じゃ、珀の方が売れているけどな」


大志は乾いた笑みを見せた。


そして棚から一冊の本を取り出す。


私にその本を差し出して、大志は言った。


「珀の処女作だ。面白いぞ」


私は本を受け取った。


背表紙にはやっぱり、
「杉内珀」と記されている。


「嫉妬と憧憬」と書かれたその本は
黒の装丁が施されてあって、
不思議なオーラを放っていた。


「それを読んだ時、震えたよ。
 まさか珀にそんな才能があったなんて、な」


「嫉妬と憧憬、どんなお話なの?」


「ある男の様を描いた話だ。
 憧れの男に嫉妬をして、
 最後にはその男を殺してしまうんだ。


 じわじわと男を追い詰めて死に追いやる。
 その手口が実にどす黒くて、恐ろしかったよ。
 珀は純粋無垢なのに、こんな話を書けるのかってね。
 本当に傑作だった」


嫉妬と憧憬。


その名の通りのお話。


珀が純粋無垢だなんて信じがたいけれど、
きっと珀の少年時代はそうだったのだろうと
自分に言い聞かせる。


キラキラした情景ではなく、
ドロドロした黒の世界を描くなんて、


珀はどんな人なんだろう。


改めて何者なのかと不思議に思った。


知りたい。


珀がどんな人なのか。


私は珀を見つめた。


珀は唇に弧を描いて私を見た。


〈純粋無垢とは。
 大志はなかなか面白い事を言う〉