片翼の蝶




大志の目の前では今、
とても恐ろしい事が起こっている。


誰も知ることの無い
自分の作品の一文を、


見ず知らずの女の子が
口にするなんてどう考えてもおかしい。


珀はこれで、
大志に私を信じろと言っているのだ。


「と、とにかく、これを受け取って」


私がオレンジの手紙を差し出すと、
大志はゆっくりとそれを受け取った。


大志の指先は震えていた。


無理もない。


状況を整理するのに時間がかかるのは
痛いほど分かる。


私も珀のことを理解するのには
随分戸惑った。


大志は珀が見えないんだから、
私よりも怖いはず。


大志はオレンジの手紙を見つめて、
立ち尽くした。


口を開閉させて、紙の先を
ヒラヒラと捲っては戻している。


見るか見ないか、
葛藤しているみたいだった。


「ねえ、大志も、小説家なの?」


「ああ。そうだ」


「あなたも高校に通いながら
 小説を書いてるの?」


「俺は高校には通ってない。
 小説家が本業だ」


高校に通わないなんて
珍しい人もいたもんだ。


私なんか絶対に高校に入らないとダメだと
お父さんに言われたこともある。


高校に通わないなんてどれだけ楽だろう。


あの戦場を味わわなくていいんだと知ったら、
さぞかし天国なんだろうな。