片翼の蝶




〈いないのか?〉


「いないわね」


〈そんなはずはない。
 この時間はいつも家にいるはずだ〉


「そんなこと言ったって……」


いないものはいないんだから、
しょうがないじゃない。


子どもが駄々をこねるように
あり得ない、あり得ないと呟く珀は
全然大人っぽさを感じない。


時折見せる表情は
あんなにも大人びているっていうのに。


ため息をついて私が踵を返すと、
ガチャッと扉の開く音が聞こえた。


振り返ると、そこには男が立っていた。


細々とした体に、長くて黒い髪を
後ろで一つに束ねている。


その男も珀と同じようにまた、格好よかった。


男は私を訝しげに見つめていた。


私は緊張して心臓が飛び出そうになるのを
必死に堪えて口を開いた。


「あ、あの!赤松、大志さんですか?」


男は眉を顰めて私を見つめる。


その射るような眸が痛い。


「あんた、誰だ?」


「わ、私は高杉茜、高三です。
 えっと、あの、その……」


さらに眉を顰める男は、
ため息をついて扉を閉めようとした。


待って!ここで不審がられてはダメだ。


何か、何か安心させることを言わないと。


「は、珀の!」


私が叫ぶと、男はピクリと
反応を見せて止まった。


もう一度私を見つめて
様子を窺うように眉をあげる。


私は続けて言った。


「珀の、友達です」