「それで、まだ着かないの?」
〈ああ、こっちだ〉
珀はふっと小さく笑うと、また歩き出した。
その背を黙って見つめる。
その背はどこか寂し気で、少し小さく見えた。
この先に何が待っているの?
そう問いたかったけれど、やめた。
聞いてしまったら
この背中が崩れてしまいそうだったから。
〈ここだ〉
しばらくして、暗い路地に入って
少し行ったところで、珀は立ち止まった。
見るとそこには
こじんまりとしたアパートがあった。
アパートは寂れていて、いかにも
築云十年って感じの場所だった。
近隣の住宅の陰になっていて少し不気味。
珀はつかつかと歩いていき、
一階の一番奥の部屋の前で止まった。
「ここなの?」
〈ああ。ここに赤松大志はいる。
会ってこれを渡してくれればいい。それだけだ〉
渡してくれればいいって簡単に言うけれど、
そんなに容易い事じゃないわよ。
私の中ではまだ、何て言って近づくかも、
どうやって渡すかも整理できていないんだから。
珀は早く、というように私を目で促す。
仕方ないから震える手でインターホンを押した。
ピンポーンと無機質な音が鳴る。
それでも誰も出てくる様子はない。
出かけているのかな。寝ているのかな。
どっちにしろ出てくれないんじゃ話にならない。
私はもう一度インターホンを鳴らした。


