お母さんは、
お父さんの仕事についていくことが多い。
今日もどうやらそのようで、
少しのお金と一緒にメモが書かれていた。
まあ、仕事と言っても
ほとんど旅行みたいなものだけど。
今日は一日で帰ってくるらしかった。
ため息をついて冷蔵庫を覗くと、
ほとんど何もなかった。
まったく。
お母さんのこういうところが嫌い。
放任なのか、そうじゃないのか
分からなくなる。
そんなに大事な娘なら、もう少し
気を遣ってもらいたいものだ。
これじゃあ、
買い物に行かなくちゃいけないじゃない。
私にはそんな暇はないっていうのに。
「出かけるよ」
〈ご飯、食べなくていいのか?〉
「そんな気分じゃない」
珀は私の後ろをついてきた。
玄関を出て、太陽の日差しを浴びると、
思わず目を細めた。
じりじりと蒸し暑い。
こんな日に外に出なくちゃいけないなんて、地獄だ。
こういう日は、クーラーの効いた部屋に籠って
本を書くのが一番いい。
これから始まる地獄に絶望しながらも、
私は一歩足を進めた。
「で、どっちなの?あなたの家は」
〈こっちだ〉
珀が淡々とそう言って、私の前に立った。
本当に、こうして見ると普通の人だ。
死んだなんて微塵も思わせない
その雰囲気が不思議で、
私はその背をじっと眺めていた。
しばらく何も話さずにただ足を進める。
近いって言ったのに、
全然近くないじゃない。
この暑いのに、もう一時間くらい
歩いている気がする。
陽炎がゆらめく道をぼうっと眺めていると、
珀が立ち止まった。
珀の体をすり抜けて通り過ぎる。
慌てて立ち止まり振り返ると、
珀がにやりと笑っていた。


