〈俺の、家の庭に手紙を埋めた。
二つある。それを届けてほしい〉
私の目の前で二本の指を突き立てる。
私はその白く細い指を見た。
願いってそれだけ?
本当に、それだけなの?
「願いは、それだけ?」
〈そうだ。まあ、もう一つはまだ秘密だ〉
「……あなたの家、どこにあるの?」
〈大丈夫だ、ここから近い〉
幽霊に関わるとロクな事がない。
そのはずなのに、私は何故か
その願いを叶えようとしているみたいだ。
ため息をついてベッドに身を投げる。
天井が見えた。
その天井を遮るように、
珀が顔を覗き込んでくる。
〈で、どうなんだ?
頼み、聞いてくれるよな?〉
「分かったわよ!届ければいいんでしょ。
届ければ」
私が言うと、珀は唇に大きく弧を描いた。
ずっと思っていることだけれど、
この男のこの顔が妙に大人びていて目が離せない。
私が言うことを聞こうとするのはこのせいだ。
「でも明日にして。今日はもう遅いから」
〈ああ。お休み。茜〉
「お、おやすみ……」
ふいに呼ばれた名前が擽ったい。
戸惑った声を上げると、パチンと音がした。
珀が消えて、部屋には静寂が走る。
やっと一人になったと思ってため息を一つついた。
ふと、あの本のことを思い出す。
片翼の蝶。
あの本の衝撃にまた震えが襲ってくる。
こんなに時間が経った今でも、
感動が呼び起こされる。
じわりと胸の内に巣食うこの感情を
噛みしめるように、胸に手を当てた。
ドクン、ドクン、と心臓が高鳴っている。
きっと今日はこの片翼の蝶の夢を見るだろう。
そう思ってゆっくりと目を閉じた。
疲れたのかな。
目を閉じるとすぐに睡魔に襲われて、
気付けば深い眠りに陥っていた。


