片翼の蝶




「随分、詳細に綴られているのね。
 まるでこの翔太と梨花が存在しているみたい」


〈するよ〉


「えっ?」


〈それは俺の、私小説だから〉


私小説。


作者が直接経験したことがらを
素材にして書かれた小説のこと。


それはつまり、珀はつまり……。


〈翔太は俺。俺が死ぬ直前に書いたものだ〉


息が詰まる。


まさかとは思っていたけれど、
本当にそうだったなんて。


「珀は、本当に小説家なのね」


〈嘘ついてどうするんだよ。
 しがない小説家ですよ。俺は〉


珀は乾いた微笑みを見せると、
本に視線を落とした。


下りてくるまつ毛がとても妖艶だ。


私も一緒に、手元にあった本へと視線をのばした。


著者累計百八十万部と書かれた帯が目に留まる。


この人、実はすごい作家なのかもしれない。


そう思った。


この本は、珀の私小説。


つまりこの主人公翔太は珀で、
ヒロインの梨花は珀のとても大事な人なんだ。


そう思うと、なんだか胸が痛い。


片翼の蝶。


その身一つでは真っ直ぐに飛べない珀は、
梨花と二人、寄り添うように生きていたのに、


死によって引き裂かれてしまったなんて。


「ねえ、珀。あなたは病気だったんでしょう?」


問うと珀は頷いた。


「それなのにどうして、
 自ら命を絶ったの?」