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家に帰って、私は机に向かっていた。
珀と一緒に小説を書く。
もう日常化しているこの作業も、
もうすぐ佳境に入ろうとしていた。
珀の声が部屋に響き渡る。
私は黙ってその言葉を文字に変化させていった。
キーボードを叩く音が珀の声と混じる。
だんだんキーボードを叩く音が大きくなって、
気付いたら私は手を止めていた。
〈どうした?〉
「真奈美、大丈夫かなぁ」
〈安心しろ。本を読んでいる〉
「えっ、珀分かるの?」
〈ああ。だいだいのことならな〉
そうか。小説を読んでいるのか。
どんな気持ちで、小説を読んでいるんだろう。
あれは胸がワクワクして、ドキドキで、
愛と熱情に溢れていて、とにかく素敵なお話だった。
私は本棚に手を伸ばして、
この間買った「片翼の蝶」を手に取った。
タイトルと、珀の名前を指でなぞる。
珀は私の横から顔を出してそれを見た。
〈何してるんだ?〉
「なんかね、これ、私すごく好きなの。
片翼っていいなって思うの。
私にもそういう人、現れないかなって」
〈……もう会っているかもしれないぞ〉
「えっ?誰?」
〈さあな〉
珀は唇に大きく弧を描いた。
私は考えを巡らせて天井を見つめた。
私の片翼。誰だろう。
私もこんな風に愛されてみたい。
誰かに必要とされたい。
本当に、この本は私の憧れだった。


