片翼の蝶




〈真奈美。死ぬな〉


珀はポツリと言った。


真奈美に向けて言ったっていうことは、
伝えてほしいってことなのかな?


私は真奈美の肩に手を置いて、静かに微笑んだ。


「珀が、死ぬなって」


「えっ?」


「あなたに死んでほしくないって。
だからその手紙をあなたに書いたのよ。
自分のせいで死ぬことはないって、
そう思っているの」


「でもあたしは、珀を失って、
どうやって生きていけばいいの!」


それは、分からない。


私がああだこうだ言えるようなことじゃない。


でも、きっと珀の小説を読めば、
真奈美だって何か変わるかもしれない。


私に出来ることは、小説を読むことを勧めるだけ。


「真奈美、小説を全部読めば、分かるよ」


「小説を?」


「うん。それには、珀の真奈美に対する思いが
全部書いてあるから」


真奈美は小説を見つめた。


「片翼の蝶」


それは確かに、真奈美への想いが書かれた本。


私はその本を見つめた。


「良かったら、読んであげて」


「うん……」


〈茜。行くぞ〉


震える手で小説を開いた真奈美は、
虚ろな目でそれを読み始めた。


読むのが苦手な真奈美にとって、
一日で読めるものでもないだろうと思い、
私は真奈美を残して、珀と共に図書室を後にした。






階段を降りて、教室に向かう途中、
珀を見つめると、珀は黙って真っ直ぐ見ていた。


何を考えているんだろう。


「ねえ、珀」


〈…………〉


「真奈美、死なないよね?」


〈大丈夫だろう。真奈美はああ見えて賢いから、
どうすればいいのかは分かるはずだ〉


珀はそこで初めて唇に弧を描いた。


私も微笑んで、教室までの廊下を歩いた。


なんだか無性に、「片翼の蝶」を読みたくなって仕方なかった。


帰ったら読もう。
また、あの空間に浸ろう。


あれは真奈美のためのお話だけど、
何故か私のもののような気がしてならなかった。


何故だろう。


私の心の中にもすっと入ってくるお話なんだ。


誰にも見せたくない。


そう思うのも不思議だけれど、
それほど私が気に入っているってことなのかもしれない。