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彼女は顔を上げるなり、目を大きく見開き

「えっ」

と、声をあげた。

初めて聞く彼女の声と、
初めて交わった視線に耐えられなくなって
目をそらしたのは俺の方だった。

視線を逸らして、口を開く。



「その、鍵閉めるんで...」

「あっ、ああ、すいません!
...ははは、恥ずかしいとこ見られちゃった」

ぶっきらぼうな俺に対して、
彼女は慌てた声をあげ、笑いながら、
パタパタと荷物片付ける。


「起こしてくれて、ありがとう」


そう言って、俺にだけ向けられた笑顔は
あまりにも眩しくて、直視出来なかった。



そして、急いで出ていった彼女は
落し物を残していった。

淡い桃色の、彼女らしいハンカチ

気づいた頃には彼女の気配はもうどこにもなくて
そっと落し物を拾う。



そこには彼女のものらしい
名前が刺繍されていた。

思いがけず、再び声をかける口実ができた。


「ハンカチ、落としていましたよ」

次に見かけたらそう声をかけよう。

それから、世間話でもして、
あわよくば連絡先を聞けるといいな。


淡く芽生えた春の予感に期待して、
俺は大事に、
彼女のハンカチをポケットに忍ばせた。



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