波の音が耳に届く。まるで誰かの歌声のような心地よさに、その人はゆっくりと目を閉じた。

ここはギール国の海辺に建っている小屋だ。その人は密会をするために、深夜だというのにここに来ている。

夜中で誰もが眠っている時間だが、その人は起きているのも悪くはないと思った。自分の立場や状況を何もかも忘れられるひと時の自由だからだ。

コンコン、と控えめに小屋の古い木の扉がノックされる。

「……はい」

「失礼します」

扉を開け、二人の男女が入ってきた。どちらもこの国の民に変装している。

「……こんなところにいてよろしいのですか?」

男性が訊ねると、その人は優しく微笑んだ。

「大丈夫です。泊まっているホテルはここからとても近いですし、今は真夜中です。誰も起きてはいません」

「しかし、私たちは心配なのです。あなた様にもしものことがあれば、それは国際問題になりかねません」

女性がそう言うと、その人は少し寂しげな表情になる。

「……やはり、名前を偽っても逃れられないのですね」

「……はい」