心臓が跳ねたのは言うまでもなく分かる。

平静を装うんだ。

今までになく、死ぬ気で。

ここで挙動不審にでもなってみろ。

お前は彼女に不審がられ、嫌われる。

そんな、自分に1番効く言葉を並べては、暗示した。


多分それは効いたのだろう。


小さな呼吸をして、カーテンを、そっと開けた。


「...大丈夫?平熱だったけどだいぶまいったみたいだね」

「あぁ...大丈夫です、ありがとうございます

たぶん、なかなか熱を出さないので体が驚いちゃったのかも」

ヘラっと彼女は笑い、まだ少し赤い頬をあげて笑ってみせた。

「無理しないでね。3時間目はまだ25分ぐらいあるからそれまで休んで置くといいよ
どうせ、今から行っても大変だろ」

なんて言葉では言いながら、本当は少しでも一緒にいたかったのかもしれない。

ほんと、訳が分からない。

自分だけど...。



「ありがとうございます、そうですね今から行っても、きっと何言ってるかわかりません」


少し楽しそうに笑ったのが嬉しくて、顔がにやけないように背中の後ろで手をつねっといた。


「先生...目が覚めちゃったので話しててもいいですか?独りじゃつまらないんで」


こんなことを言われるもんだから、こっちはたまったもんじゃないが。


「いいよ、どうせ相原くん以外いないしな」

「あはは、そうですね」


ふわっと笑う君の笑顔が、かわいいと思ったのは生涯誰にも言わないだろう。


「あ、先生!」

なにか思いたったかのように話し始めた。

「修学旅行、先生も行くんですよね?」

「あぁ、そうだな。俺も行くよ、一応今年度入ったばかりだし、生徒と距離を詰めた方がいいと思って引率に選ばれたみたいだ」

「へぇー、そういうもんなんだ。じゃあみんな喜ぶと思いますよ!」

「ん?...」

彼女のニコニコした笑顔とはかけ離れ、僕は言っている意図が分からずに、首をかしげた。

「あれ?、先生知らないんですか?
結構人気なんですよ、うちのクラスでもほかの学年でも」

「ん?......俺が?」

これは本当に初耳だった。

保健室を訪れる生徒が少ないせいか、何なのか自分のことに疎いだけなのかは知らないが。


「先生、モテモテですよ〜たぶん、2月のバレンタインデーは沢山チョコ貰えるはずです!
なんて、偉そうですみません。。。」

なんて、何故か自慢げに言ったと思ったら言い過ぎたと思ったのか、少ししょんぼりと小さくなっていた。



ほんと、慌ただしいな。



クスッと笑うと、相原さんがじっとこちらを見ていた。

ヤバイ────。

と思ったが、彼女の口から出た言葉は思いもしない方向から飛んできた。


「先生って取っ付きにくくないですね」



今度は真顔で言われたもんだから、こちらも笑わずにはいられなかった。


「え、いきなりどうしたの?」


クスクスと笑いをこらえながら言うと、彼女は口を開いてこう言った。

「いや、先生人気は人気なんですけど、基本無表情じゃないですか。だから、結構勘違いされてるみたいですよ?
裏じゃ、クールビューティーなんて言われてますけど実際は違いますね、ちゃんと笑ってる」

楽しそうに話すから、本当に勘違いしそうになる。



勘弁して欲しいな。



「クールビューティー?俺が?
それは初めて聞いたなー」


ちらっと彼女の顔を見て、気分が浮かれていたせいかつい魔が差してしまった。

「相原くんもそう思う?俺がクールビューティーって」

やや目線を逸らしてそう言ったのは、目を合わせられなかったから。


そんな勇気が無かったから。




「うーん...前は私もそう思ってましたよ?
そりゃ入ってきた時から話題になってましたもん。イケメンだし、大人って感じで。でも、、、今日話してみてちょっと噂と違うってわかりました!
なんて言うんだろう...噂では冷血美男、マイナスイオン系イケメンなんて言われてたけど」

どんなあだ名だよとツッコミを入れたくなったのは我慢して、黙って話を聞くことにした。



「今日話したら、すぐ笑うし、心配してくれるし、優しいんだなーって...
なんか言ってて少し照れますね」



なんて彼女は思う存分言ってくれちゃって、




それを嬉しくないはずはなくて。




...。





ちょっと我慢の限界だったのかもしれない。


「彼氏いるの?...」

なんて口走ったのはきっと


事故で


夢で


非日常的で


「いませんよ?」


なんて当然に返ってきた答えにまで、僕は頭が回らなかった。




「い、いやい、今のは忘れてっ!ほんと、ごめん」





なんてキョドったのがもっとダメだった。




そして、彼女は思ったよりも逆に冷静になってとんでもないことを言い出した。



「先生────。

私のこと好きなんですか?」




僕の時が止まった瞬間だった。