「僕、お昼はここをどきませんよ」と、真木の鼻息が荒い。
「いいよ。今日は、ここには来ないから」
真木が、ここに居座る!と敢えて宣言したのには理由がある。
最近、生徒会室では阿木を筆頭に、みんなが俺と右川に気を使ってくれるようになった。
放課後に行けば、阿木、桂木、浅枝は用事をさっさと済ませて、すぐにどこかへ消えてしまう。桂木が何やら言いたげな真木の背中を押して、笑いながらどこかへ連れ去る。そんな事が続いている。それも、俺と右川の塾が無い日に限り。まさにそれを知りうる阿木の陰謀だと思った。
こんな仲間の協力もあって、恐ろしいくらいにすべてが順調。
「もう……僕は食欲もありません。こ、これは別にママのご飯が不味いわけじゃなくて」
って、おい。
真木はポロポロと泣きだした。
俺は、君のママの弁当を責めてないよ?
どうなってんだ、一体。
見ちゃいけないものを見てしまった罪悪感と、居心地の悪さも手伝って、俺は真木に背中を向けた。
そっとしとくのが一番。背後では、ずっと真木がグズグズと続いている。
こういう時、思うのだ。
男子の前で泣く男子。正直、萎える。どうしていいか分からない。
俺的に、自分が泣いたのはかなり前、映画を見て図らずも……というのが最後だ。男の涙を見たのは、?年前のノリが最後だった気がする。
……いや、忘れていた。
右川に掴みかかって池ポチャした重森も号泣だったな。
これを思う時、萎えるというより、切なさが込み上げる。様々な思い出が甦った。重森と右川のバトルは、いつも右川の一人勝ちで終わる。巻き込まれた俺としても、これは涙無しでは語れない。
弁当を掻っ込みながら、文化祭ステージのタイムスケジュールを開いた。
まだわずかに空きがある。
どうしても外せない演劇部、吹奏楽、合唱部、バンドなどいくつか。
2日間のそれらはもう決まっている。演劇部・吹奏楽は2日間同じ事をやるから、その目星はついていた。
その合間をぬって各クラスの発表が入る訳だが、それはつまり早いモン勝ち。今はもうすでに、客の来ない時間帯しか空いてない。それでもよければ、となる。後は、こちらの采配次第。毎年の事だ。
我がバレー部も、客の居ないカス時間を早々にチャージか。グッジョブ。
今の所、テコ入れが必要なトラブルは無さそう……。
俺は、今日は塾だ。あいつも。
スマホを開いた。さっそく右川からラインが来ている。
『ちょっとアキラんとこ行ってくる。今どこ?』
『生徒会室』
『りょーかい♪あ、原田クンにも呼ばれてるから、その後でね~』
アキラ。
原田クン。
どちらも右川が日頃からお世話になっている先生である。
苦手科目の克服を目標に、右川は先生を日替わりで絶賛ハシゴ中だ。
ラインの画面をスクロール。
この所のお互いのやり取りを、俺は満足そうに眺めた。

『あ、ねぇ。ヨリコのお手製エッグタルトあるけど、食う?』
『食う!』
『分かった~お昼に持って行くにゃん♪』
『今日って、塾?』
『そだね』
『じゃ、時間まで生徒会室で』
『そだねー』

何でも無いやり取りだった。
ノリんとこみたいに、ラブラブで浮かれたマークが飛び交う訳では無い。
それでも俺は満足だ。喧嘩腰でもなく、取って付けたようでもない自然なやりとりが、今は癒やされる。
意外と思うのが、右川が猫の実写スタンプを愛用していて、どのメッセージにも愛くるしい表情の猫が並んでいる。
話題のアニメでもなく、流行りのキャラクターでもない。こういう類いのスタンプを選ぶあたり、右川自身の性格にそぐわない可愛らしさというかギャップというか……一様にユニークだと思う。
朝は一緒に登校。お昼も共に過ごし、一緒に帰れるときは待ち合わせ。
たまには、どっか違う所に行けたらいいよな。
ぐすん。
ずび。
ぶぅぅぅー……。
すっかり忘れていた。
真木は、いつまでもグズグズと泣き続けている。