4組の教室。やっぱりというか、そこは……キャバクラ。
強烈な香水の匂いはそこから来ている。
すると女子は隣の5組を控え室にしているのか。向こう先反対側の階段からも客がどんどん押し寄せていた。
俺は縮こまりながら、遠くから様子を窺うと、こっちはかなり高度なコスプレ。看護婦。アニメの誰か。セーラー服。みんながみんな、派手に化粧している。はっきりケバい。1年の、誰が誰だか分からない。それ程、造り込んでいた。
中を覗くと、そこにアキラを見た。
教育的お立場として、いいんでしょうか、先生。
巨乳好き(?)らしく、それなりの子の隣にちゃっかり収まってるけど。
バレー部キャプテンの工藤も見つけた。
さっきクラスの模擬店を手伝いに行くとか言って……俺を目ざとく見つけて、「お!洋士だ!」と大声を上げてくれるぢゃないか!さすが鈍感!
マズい!と思うが早いか、隣の教室から女子の波多野がサッと寄ってきた。これまた鮮やかな浴衣姿で。そこまで濃い化粧をしなければ、まぁまぁ清楚に映るだろうに。何だろう、残念が溢れる。
「沢村さんは2割のバツですから。はい、ご案内~」
棒読みで、脇のセーラー服女子に、俺を押し付けた。
その女子は強引に俺を引っ張ると、椅子に座らせて。
2割?
バツって何だ?
「俺、本当様子を見に来ただけだから」と言うのも聞かず、どこからか看護婦までやってきて、どんどんジュースを注いでいく。
「すごくないですか?浅枝さんのアイデアってぇ」と、看護婦女子。
「浅枝?」
「3年には事前に2割の割引券を出すよう言われたんですぅ。3年は暇だからホイホイ来るってぇ」
そこに俺はホイホイ来てしまった、と。
ホイホイって。
浅枝じゃない。右川だな。
「そしたら工藤さんが来てくれてぇ。こんな近くで会えて嬉しいなぁ」
工藤のファンか。「あいつは鈍いから、相手をするのは大変だぞ」と同情だけはしておく。
そんな他愛も無い事を話しているだけなのに、「変な事したら、チビ助にチクるぞ」と、横からアキラに脅された。アナタこそ、センセイ。
ササッとお菓子を盛っている看護婦に、
「さっき波多野が言ったんだけど、2割のバツって割り引きの事?」
「沢村先輩って、2割の……バツなんですかぁ?」
ていうか、バツって何?
すると隣のセーラー服が、「この人、間違いなくバツだよ」と声を上げた。
「あ!そうなんだ。ごめんなさぁい。そしたらあっちの個室ですねーん」
「個室?」
と、また強引に腕を引っ張られて、個室(?)と思しき仕切りの中にブチ込まれた。畳1畳、あるかないか。ここはさらに匂いがキツい。
カーテンで密閉されているせいか、あまりの匂いの強さにカーテンの仕切りから顔を出すと、ちょうど見覚えのあるヤツが目の前を通った。
「こんな所でおまえを見るとはストレート破局・間違いない~♪YO♪」と、俺に向かってラップで歌ったそいつは、ツインボーカルの片割れをすると言っていた、砂田だった。
「おまえ、確か午後から本番だってスタジオ借りて練習するんじゃなかったのか」
「これからストレート本番間違いないぃぃぃ~♪」
砂田は、浴衣の女子2名を両脇に伴って、個室に消えた。
……何の本番だ。(怖くて聞けない。)
そこへ看護婦女子が入ってきたが、「ちょっと先生に呼ばれてるから」と俺は逃げ出した。
外に出ると、会計だという波多野が待ち受けて、枝毛を気にする片手間に電卓を弾くと、
「全部で2500円でぇす」
「2500円!?」
その値段の高さにも唖然としたが、「これで2割引きしたの?」と問えば、
「右川会長から言われてまぁす。彼女のいる人は来ないと思うけど、もし来たら個室料&口止め料込みで基本料2000円からの、時間ごとに算出もろもろで……2割増しでぇーっす」
……。
……払った。
ちゃんと持ってた。
そんな自分にムカついている。
いつだったか、俺達2人は別れた!と叫んだ波多野は、こういう時だけは毅然と事実を利用。
2500円……まるで俺の口の、口止め料だった。
何も言ってもムダ。つーか、これぼったくりだろ。
廊下は相変わらずゾロゾロと見物人が続く。
原田先生も心配なのか、見に来ていた。吉森先生も居た。意外にも、怒ってはいないようだけど。先生2人が見学しているのを見つけて、3組は男子も女子も、一斉にニコニコと愛想を振り撒く。
「男子に変な事されてない?」と吉森先生から訊かれた女子は、
「変な事できませんよぉ。うちには剣道部がついてますから」と自信たっぷり胸を張った。
剣道部3年。主将。内柔外剛。とにかく真面目。きょうだいよ、おまえはもう利用されている。
男子はいいとしても、女子は危険と隣り合わせだ。他校のやんちゃな男子が何をするとも限らない。そんな女子側に剣道部の主将がついてれば、鬼に金棒。砂田も妙な真似をしたら、ストレート1本!間違いないだろう。
やっぱり右川だ。すごいな、と改めて思った。
先生達が居なくなった。すると、様子は一変。
「ちょっと!あのポスター、ダサくて邪魔。呪いかよ。どけて」
「おまえらこそ!その悪臭をどうにかしろ。喋るウンコかよ。臭ぇワ」
「ウンコとか言う!?信じらんないっ!小学生じゃん」
「つーか。ケバくて臭いビッチは、クソで十分!」
桐谷と波多野の言い争いがまた始まった。
そこに浅枝が来た。一端、両者の争いは静まったかに見えた。
浅枝は、波多野に向かって、「男子の方は、他校の女子が結構入ってるんだね」と言った。
波多野は、「こっちは午後から工業高が押しかけますから。数こなして勝負です」と、高らかに宣言。
お次は、男子側の桐谷に対し、
「女子の所って、先輩とか先生とか、お金持ってそうな人ばっかり入っていくよね」と言うと、
「そんじゃ、オレら今度は保護者を狙うっすよ。女のほうが金握ってんだから」と、桐谷が吠えた。
女の方が金を握っていると認める事には何の屈辱も無いらしい。
クラクラしながら3階を後にした。
文化祭が、模擬店で盛り上がっている。
盛り上がってるけど……お水。
いいのか?
場所、ほぼ確保。金、生徒会の負担は何も無い。安全性、剣道部を巻き込んで確保。まぁまぁ〝可〟なり。
そういえば……今日は右川を1度も見ていない。