郁斗から抱き抱えてからお祭りの通りを抜け、人通りの少なくなった。
夜の町を無言で歩く。



あたしは、残していった広瀬が気になって後ろをチラチラ見てしまう。


「そんなに振り返っても、もう見えないでしょ」

と、郁斗が苦笑いした。



「ねぇ!なんであんな言い方したの?あたしが勝手に迷子になっただけだし、
今日は涼香達とも来てるし広瀬に責任なんてないじゃん。」

ずっと、黙っていたものを爆発させて、
責め立てるように、じっと郁斗を見上げて見つめる。


「ごめん…。転けてボロボロで半泣きの花凛を見て、カッとなった。」


郁斗は下げた視線をゆらゆらと揺らす。

月明かりで照らされた、郁斗の瞳は暗く艶やかで綺麗だ。



「俺、花凛の泣いてるとことか傷つくとことか見たくないんだ。
でも、今回のはもっと俺が早く気付けばよかった。ごめん。」


「なんで、郁斗が謝るの!?それこそ関係ないじゃん!」


郁斗はいつもそうだ。家族やあたしのことばっかり気にして、庇って、抱えて、
もっとあたしを頼ってほしい。




プルルルル プルルルル



郁斗のスマホが鳴り始める。

なのに、郁斗はガン無視でスマホを取り出して見ようともしない。


「出ないの?」


「ん?平気平気。」

と、微笑んで見せる郁斗を見て

「もしかして、今日郁斗と約束してた女の子じゃないの!?
てか、絶対そうでしょ!郁斗が一人でお祭りに行くはずないもん!花火始まるよ!
行ってあげて!いや、その前に電話でてあげなよ!」


慌てて、早口でおろおろするあたしを見て郁斗は、気にするようすもなく、

「あー。俺は、世界中のどの女の子よりリンちゃん優先だから」

と、八重歯を見せて笑うと、電話はいつの間にか切れていた。

「は?なに言ってるの。せっかくのお祭り女の子一人で花火見せるつもり?
いますぐ、かけ直しなさい!」


あたしは、眉間にシワを寄せて言うと、

なぜか郁斗はあたしをじっと見つめてハハッと声を出して笑うと、

「俺、やっぱりリンちゃんにそういうとこすごい好きだわ」

と、楽しそうに言う。

抱えていたあたしのことを、ベンチにゆっくりと下ろすと、スマホを
取り出して郁斗は電話を掛ける。

「もしもし。今日は行けそうにないんすよね。うん。すみません。
埋め合わせは今度ってことで!よかったっすね。じゃあまた!」

相手の声は聞こえないけど、年上の女の人だろうな…。
郁斗が断ってる電話をしているのを聞いて申し訳ない気持ちになる。
電話を切った郁斗が、

「これでよろしいですか?」

と、試すように聞いてくる。

「よくない!あたしは一人で帰れるから行ってあげなよ!」

「足痛いんでしょ?無理しないの。
それに、相手の女の子も彼氏が来れなくなった友達見つけたらしくって、女二人で楽しむって言ってたから大丈夫。」



そういいながら、またあたしを抱き抱えるとゆっくりと歩き始める。

「郁斗の女遊び激しいのは止めないけどさ、もっと大事にしないといつか
刺されるよ。」

「刺されて死んだら、リンちゃん泣いてくれる?」

死んだらなんて考えたくなくって、あたしは顔を隠すように
郁斗の胸板に頭を押し付けて顔を伏せる。

「バカ。別に刺されて死ぬなんて言ってないじゃん。
それに、郁斗のいない生活なんて考えられないよ。」


と、呟く。

「ほんとズルい。リンちゃんかわいすぎ。」

郁斗はそう言うと、あたしの頭にそっと頬を乗せる。

「俺も、リンちゃんいなくなったらきっと生きてけない。」

距離が近くて、耳元がなんだかくすぐったい。
でも、あたしを抱える郁斗の体温はとっても安心する。


「郁斗それ、いろんな女の子に言ってるんでしょ。」

あたしが下を向いたままクスクス笑いながら言うと、

「リンちゃん顔あげて。」

え?

顔をあげると目の前に、郁斗と目が合う。

郁斗は、愛おしむような優しさを含んだ微笑みを浮かべていた。

「郁斗…」


ドンッー


大きな音がして、見上げると少しだけ遠くの空に、大きな花火が打ち上がっていた。


同じように空を見上げていた郁斗の顔を花火の明かりが照らす。

その横顔が綺麗で思わず目を細めて見惚れる。

そんなあたしの視線に気づいたのか、こっちを見て

郁斗は八重歯を見せてニッと笑うと

「花火、花凛と見れてよかった。」


郁斗の笑顔も花火もあたしには眩しくって、少しだけ心臓が跳ねた。

ドンッー

また、音がしてあたし達は再び空を見上げる。

花火、とっても綺麗だ。



広瀬はこの花火を見ているだろうか…。



それが気がかりで、なぜかちょっとだけ泣きたいような気持ちになった。