駅の構内を抜け、夕暮れの街。

 ふと先生が私の手を離す。

 その手を軽く挙げた先生の目線の先を見て、私はさっきまでのふわふわした妄想の世界を現実に引き戻される。


 パンツスーツ姿のすらりとしたモデルのような綺麗な女の人。


 黒髪ストレートの。


(!!)


 先生のお友達って言うから勝手に男の人だと思ってた。

 しかも黒髪ストレート…


 先生の好きな…


 胸がざわつく。


 更に、女性は先生を認めると、

「Hi!昴ー!!」

と抱き付いた。


「!!」

「止せ、夜璃子(よりこ)!ここは日本だぞ」


 先生が女性─夜璃子さんを引き離す。


「あら照れてるの?久しぶりに会ったんだしいいじゃない」

「久しぶりでもねぇだろ」


 久しぶりでもない…って頻繁に会ってるんだ…


 どんな関係なんだろう?先生と夜璃子さん…


「この子が昴の生徒さん?」


 先生のこと、『昴』って呼ぶんだ…


「あぁ。南条舞奈さん。俺の研究の話に興味を持ってくれて、外大志望なんだ」

「そう。舞奈ちゃんね。よろしく」


 夜璃子さんが美しい微笑みと共に右手を差し出す。



「…南条舞奈です。よろしくお願いします」


 その手をおずおずと握る。

 先生の、彼女、かもしれない人の手…


 そう。

 今まであんまり考えなかった、いや、意識的に気にしないようにしてたような気もするけれど、先生に彼女がいても不思議じゃないんだ。


 だって先生は、こんなに可愛くて優しくて頼りになって、素敵な…

大人の男の人なんだから…


「南条、彼女は市川夜璃子。
 俺の大学の同期で今大学院の修士課程1年。だいたい俺がやってたようなことを研究してる」


 夜璃子さんが会釈すると、綺麗な髪が肩口からさらさらと零れ落ちた。

 堂々とした笑顔。

 自信に満ちた、大人の女性の…


 あぁ、この人はきっと、頭の良い、ポリシーのある女性。


先生の、好きな…


夜璃子さんがよく通る声で言う。

「思ってるよりうちの研究大変よ?覚悟はある?」

「…え」


 いきなりの…宣戦布告?


「おい、夜璃子!受験生脅すなって。
 とりあえず座ってお茶しよう。お茶」

 先生が直ぐ側のカフェに向かって夜璃子さんの背中を押す。


「ほら南条」

 笑顔で振り向く先生に私は微妙な気持ちで付いていった。