それから先生と私はしばらく黙って風に吹かれていた。

 昨日よりは爽やかな風。


 先生と二人。


 心地好い時間。


 グラウンドに何度目かの砂埃が舞った時、不意に先生が腕時計に眼を遣る。


「じゃ俺、そろそろ戻るな」

 先生が立ち上がる。


 ちょっとだけ、行かないで、と思う。


 そんな気持ちがつい表に出てしまって、思わず先生に呼び掛ける。


「先生」


 立ち上がってズボンの後ろをパタパタと叩いていた先生が手を止める。


「あの…今日も私がここにいそうかなと思って、来たの?」


 咄嗟に紡いだ言葉は少したどたどしくなってしまう。


「いそう、って言うか、いるだろ?毎日」


「え?」


 呼び止めてしまった手前なんとなく訊ねた問いだったけど…


 昨日いたから今日もいるかな、ってなんとなく思って本を届けに来てみたわけじゃないの?


「先生、もしかして私が夏休み中毎日ここに来てるの…」


「あ、あぁ…」


 先生は急に気まずそうに言葉に詰まり、鳶色の瞳が泳ぐ。


「…知ってました」


 先生がポロシャツの襟を摘まみ、パタパタと中に風を送る。


「…もういいか?」

「あ、うん…」

「じゃな」


 先生は背中を向けて左手を軽く挙げ、戻って行った。

 私はその後ろ姿を何かふんわりとあったかい幸せな胸の高鳴りと共に見送った。


        *