先生と一緒に一駅電車に乗り、いつも乗り換えるターミナル駅で降りる。ここから先生は学校に行く。


「仕事終わったらまた連絡する」

「ん」


 慌ただしく人々が行き交う朝のコンコースで私たちは繋いだ手を解いた。途端に掌も指先もひやりとして寂しくなる。


 離れてしまうのが怖い。

 だって私は、明日の電車で東京に行く─ 


 そんな気持ちが見抜かれたんだろうか。
 唇を小さなキスが素早く奪った。


「!!…えっ、あ…」


 先生はいたずらっ子みたいな笑みでひらひらと手を振ると、踵を返し直ぐに雑踏に消えていった。

 私は熱い顔のまま見えなくなった先生を見送る。


(こんな人混みの中でキス…)


 混み合うコンコースに春の風が舞った。

 去年の今頃、ここで貴方と出逢った。
 ちょうどあの時と同じ匂いがする風。


 私は明日この街を離れる。
 生まれ育って、そして、先生と1年間を過ごした街。


(でも大丈夫。だってこれからは─)


 どこにいたって私には先生がいる。


 もう熱い想いを隠さなくていい。
 まるで悪いことをするみたいに言い訳をしながら傍にいなくていい。

 もう何人も私たちの邪魔は出来ない。

 私たちは、愛する自由を得たのだから。


 私は人波に立ち尽くしたまま、昨日までと打って変わって、堂々と愛し、愛される幸せをひとり噛み締めた。

        *   *   *