星降る夜はその腕の中で─「先生…私のこと、好きですか?」


「はぁぁぁ…」

(弱いな、私…)

 自己嫌悪に溜め息が出る。


 分かってる。
 もっと近くで逢いたい、とか、その瞳に映りたい、とか、思っちゃいけない。


 分かってるのだけど…


「……」


 職員室のドアの前に立つ。


(職員室に用事があるものは、仕方ないよね…?)


 いや、今無理矢理用事作ったけど…

 私はもう一度溜め息を吐く。


 キュッ…

 不意に後ろで靴が鳴る音がして振り返った。

 ちょうど授業から戻ってきたらしいジャージ姿の仁科先生だった。


「お、失礼。…って、えっ!?南条?」

 仁科先生は私の顔を見ると何かひどく驚いたような顔をした。


「ど、どうした、何か用か?」

「えっと、あの、村田先生に古文聞きに…」

 予め用意してきた小道具の問題集を眼の前に掲げて見せる。


「あぁ…村田先生ね。入れよ」

「…失礼します」


 職員室の先生の席は入口正面の奥にあるのを知ってる。

 前を行く仁科先生の大きな背中の陰から先生の席を覗き見た。


(あ、先生いない…)

 なんだ…折角用事作ってきたのに残念…


 小さく溜め息を吐くと、聞き付けたように仁科先生が振り返る。

 見上げると、仁科先生は眉間に皺を寄せて難しい顔をして私を見下ろしていた。


「?」

「…や、なんでもない」


 仁科先生は小さくそう言うと、職員室の奥に行ってしまった。


 それから私は村田に急拵えの古文の質問に行く。

「一応国語も勉強してるようだな」

と、村田はにやりとして私を迎えた。


(あ、嫌味言われた…)

 確かに英語ばっかり力入れてたけど…


『風すごく吹き出でたる夕暮れに、前栽見たもうとて、脇息に寄りいたまえるを、院渡りて見たてまつりたまいて…』

「御法か。源氏物語みたいな大作でも入試に出る箇所というのは大体限られてくるからな、後半、この辺から宇治十帖はやっといて損はない」

「はい」


 御法─紫の上が亡くなる場面。


(紫の上かぁ…)

 光源氏が生涯最も愛した女性。


(好きな人に愛されるのは…幸せだよね)


 私も好きな人に愛されていたい。

 いや、いっそ紫の上みたいに、好きな人に愛されたまま、命尽きてしまえたら良かったのに─

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