星降る夜はその腕の中で─「先生…私のこと、好きですか?」

 黒いセーラー服に身を包んだ私は、3階の廊下の窓に頬杖を突き外を見下ろしていた。

 窓外は冷たい風が吹き荒び、髪が煽られる。


 キーンコーンカーンコーン…

 チャイムが鳴ると隣の校舎から少女たちのざわめきが聞こえ出す。
 やがて移動教室や体育の授業に行く生徒達が校舎から出て来て見下ろす階下に行き来する。


(あ…)

 胸がとくんと跳ねた。


 視線の先に、授業を終えて職員室に戻る先生が栗色の髪が風になびき、寒そうに首を竦める姿。


 ほんの数秒。隣の校舎からこちらの校舎に渡るまでの一瞬。


 この僅かな幸福のために今日は朝から学校に来てしまった。


(逢いたかったの。夢に見るほど逢いたかったの。

 今日は貴方に、逢えた…)


 ねぇ、先生?遠くから見るだけなら許される?

 先生の邪魔はしないから、ねぇ?
 遠くから想うだけなら許されるかな?

           *

 それから私は翌日も、その翌日も学校に行った。

 休み時間のその僅かな刹那、遠くから先生を見つめるために。


 もう外大の入試まで2週間で、こんなことをしている余裕なんて一秒だってないのは分かっているのに、先生を想うと矢も楯も堪らなくなって後は衝動で家を飛び出していた。


 今日も先生は教材を抱えて姿を見せる。
 校舎から出るとたちまち冬の午前の冷たい陽の光を浴びて凛と輝いて見えた。

 そして私はそれをただただ眼で追う。


(先生…)


 と、その時不意に先生が足を止めた。


「初原先生ー」

 校舎から数人の中学生が飛び出してくる。

 そのうちの一人がノートを掲げ、それを先生が指差しながら何か話している。


 先生が微笑む。優しい眼差しで。

 いつかは私に向けられたあの瞳で。


 話が終わったらしく中学生は先生にぺこりとお辞儀をすると元来た校舎に戻っていった。
 先生はこちらの校舎に歩を進める。


 久しぶりに見た。あの笑顔。
 今日はほんの少しだけ長く逢えた。


 幸福な一瞬。

 ただ先生がこの世界にいるだけで、私は生きる意味を貰える。

 それでいい。

 それだけでいい。


(それだけでいい、って、思わなきゃ…)


 先生を好きって思っていられるだけで、今の私には贅沢なんだから。

           *