にっしゃんが席を立つ。

「悪ぃな初原。不味い酒になっちまって」

「いや…」

「じゃ、また明日」


 にっしゃんが出て行っても俺はまだジョッキの中をぱちぱち立ち上っていく泡をぼんやり眺めて立ち上がれずにいた。


 南条の為にどうしてやるのがベストなのか─


(そんなの…

 こんな立場だからこそ傍に寄り添うのがベストに決まってんだろ…)



 始めこそ勢いよく弾けていた泡も、やがて微細な粒ばかりになって、ゆらゆらと底を離れては大気に消えていく。

 すっかり温くなった琥珀色を口に運ぶ。


 南条は、卒業を控えてこれからまさに飛び立とうとしている。
 でもそれはうたかたのように小さくて、ゆらゆらと頼りなくて。

 だから俺は彼女の傍に寄り添っていたい。そして彼女の夢を、共に叶えたい。


 否。

 ただ彼女と共に生きていたい─


 それだけで良いはずなのに、教師だとか生徒だとか、そういう枠の中に当て嵌められて、窮屈になっていく。


 教師と生徒、なんてそんなんじゃなくて、もっと違う場所で君と出逢えていたら、俺たちは幸せだったんだろうか─


(ねぇ南条。俺は君の為に何が出来る…?)


 ジョッキの中の泡沫が店の電球色のランプにきらきら反射する。


 君が飛び立った空で輝くために、今俺は何をすべきか…

 その答えはもしかしたら俺が思っている以上に単純で、辛辣なものなのかもしれない。


 俺はいやに甘く感じる温いビールを口にしながら、ただただ途方に暮れた。

        *   *   *