「音楽の岸先生のコンサート、付き合いでチケット買わされてさぁ。しかも2枚。だから付き合ってよ」

 チケットには『クリスマスオペラコンサート』とあり、出演者欄には『テノール 岸昌弘』と岸先生の名前が書かれている。


「そんなの宇都宮先生誘ってよ」

「ミヤさんも、それから職員室中みんな買わされてんだよ。ちなみにミヤさんは彼女と行くから」

「え、俺そんなん聞いてないよ?」

「新人は金ねぇから岸先生が遠慮してくれたんだよ。で、代わりに俺が誘ってやってるわけ」

「誘って貰わなくていいんだけど…」


 言いながらにっしゃんに押し付けられたチケットを、つい勢いで受け取ってしまう。

 と、にっしゃんが右手の掌を俺に差し出す。


「何?」

「4,000円」

「えっ!金取るの!?岸先生は遠慮してくれたのに!?」

「とーぜん」

「…財布、職員室だから」

「じゃあ付いてく♪」


 にっしゃんは踵を返して、さっさと職員室に向かっていく。それを仕方なく後を追う。

 俺は渋々ロッカーから財布を出し、4,000円をにっしゃんの掌に乗せた。


「コンサート帰りに奢るから~」

 とにっしゃんは言うけれど、俺としては奢って貰わなくていいから早く帰りたいというのが本音だ。正直、にっしゃんと飲むのは面倒臭い。

 そしてにっしゃんもそれを分かってて敢えて奢るなんて言ってみせてるのが見え見えだ。


「場所が芸術劇場で、初原いつも乗り換えに使ってる駅のとこだからさ、近いだろ?」

「確かに近いけど…」

「じゃ日曜。4時に駅で待ち合わせな」


 俺の返事も聞かず言うが早いかにっしゃんはバックパックを背負い直して

「じゃお先~」

と帰って行った。


 にっしゃんはいつも自分のペースだ。

 こんな風にただでさえ疲弊している時ににっしゃんに付き合うのは、考えただけで頭が痛い。

 俺はもう一度額を押さえて大きく溜め息を吐いた。

       *   *   *