恐る恐る顔を上げると、先生の大きな瞳は私を咎めるように、そしてどこか悲しげに揺らめいていた。


「せんせ…」

 自然と唇から零れ落ちるように呟く。


「南条…」

 私の腕を掴む先生の手に力がこもり、掴まれた腕をぐいと引かれた。


「あ…!」


 眼の前の選択教室の開かれたままのドアへと引き入れられる。

 そして先生は直ぐに明かりが消えて薄暗い教室の扉を閉め、次の瞬間、



「!!

 んっ…!」



 先生の気配が近付くと、何かを思う間もなく柔らかな感触を覚えた。

 唇に触れる、熱い感覚。


「…ふ、ぁ…」

「……」


(私今、先生に…!)


 触れ合う唇と唇。

 熱く押し当てられた感覚に他の全ての意識が消え去り、頭の中が真っ白になる。

 心臓が激しく打ち鳴り、呼吸が止まる。



「…ん…っ!」

 息苦しさに身を退き、先生から離れた。


 先生の瞼が開かれ、その瞳に私が映る。

 黒々と影を落とし切なげに瞬くそれはまるでブラックホールのようで、吸い込まれるように眼が逸らせなくなる。


 心が麻痺してしまったように何も考えられなかった。

 唇にまだ触れ合った感覚が残るのだけをただ感じていた。