「準備室の鍵返してくるから正門で待ってて」

 職員室に向かう先生とエントランスで別れる。


 正門までの道は人気がなく、ただ落ち葉が舞っているばかり。
 葉を振るった木立にひゅうと寂しげな音をたてて風が抜ける。


「寒…」

 襟元のピンクのギンガムチェックのマフラーを押さえる。


 一緒に帰ろう、って…

 無意識に胸が高鳴る。けど…

 でもそんな気持ちは本当は許されないの、分かってるから。


(辛いんだよ、凄く…
 先生にはどうせ分かんないだろうけど)


 正門を潜り、門柱の脇で足を止める。

 俯くと、早々と点いた街灯の灯りで足元に落ちる影が眼に入る。


「舞奈」


「!?」


 不意に名前を呼んだその声に聞き覚えがあった。

 いや、聞き覚えどころじゃない。


「清瀬くん!」

「ったく。遅ぇよ」

「こっ!こんなとこで何してんのっ!?」

「お前のこと待ってんの。だってほら、俺時間ねぇし」

「時間?」

「お前の心の傷が癒えるまでに落とすって言ったろ?
 元気になったんでもう結構です、って言われる前に攻めて攻めて攻め落とさないと、な」

「!」


 清瀬くんの紅茶色の髪が北風になびき、いたずらっぽい瞳がきらりと光る。


「行こ、舞奈」


 清瀬くんが私の右手を取った瞬間、


「南条」


正門から先生が姿を現した。


「先生…」


 どきりと心臓が嫌な音を立てる。

 咄嗟に退こうとした右手を清瀬くんが強く握り締めた。

 そして…


「あ、舞奈の先生っすか?
 いつも『彼女』がお世話になってまーす」


 清瀬くんが人懐っこい笑顔を先生に向けた。


「清瀬くんっ!」


 繋がれた手を離そうとすると、逆に引き寄せられ、身体を清瀬くんの胸に収められる。


(あ!)


 先生はどう思ったろうか。

 反応が気になる。

 でも…

 怖くて先生の方を振り向くことが出来なかった。


「えっと…あぁ…」


 先生の声。
 そこに先生の気持ちは何も読み取れない。


「南条、俺明日使うプリント、コピーしてかなきゃならなかったから、先帰って」

「あ…はい」

「じゃ、また明日」


 先生は清瀬くんに会釈して踵を返す。


(先生…)


 胸が痛い。

 先生は私のこと、そして清瀬くんのこと、どう思ったろう…