翌日の放課後。

 私は英語準備室に向かっている。


 本当は今日は先生に会いたくない─


 けどこんな日に限って朝一先生から

『受験の件で聞きたいことがあるから放課後準備室に来て』

とメールがあり、私は今、重い足取りで準備室へと向かっている。


 いつものドアが今日は砦の門扉のように思える。
 私はドアの前で一呼吸してノックをし、重々しく聳えるそれを開く。


「…失礼します」

「あぁ、南条。待ってたよ」


 今日は先生の笑顔が眩し過ぎて見ていられなくて、視線をさっと床に落とした。


「ま、座って」

 先生に促され、のろのろといつもの席に座る。


「夜璃子から電話が来て、願書の受付始まるけど書面とネットどっちで出願するんだ、って」

「あ、それ私もメール頂きました。ネットにするから願書送って頂かなくても大丈夫、って返したけど…」

「あれ?行き違いになったかな?」

 先生は首を傾げ、腕を組む。


「あの…それだけなら今日はもう…」

「ん?今日は訊いてくとこないの?」

「…うん」

「…そっか。

 あ。じゃあ、俺も帰ろうかな」

「え…」

「一緒に帰ろう?」


 先生が机に手を突いてずいと私を覗き込む。


(なんでよりによって今日…)


 一昨日までなら嬉しかったことが、今日は世界が一変している。


 傍にいるのが、辛い─


 生徒としてここに居なければならないのに、今もやっぱり先生が好きで、好きで。

 それじゃ駄目だと思えば思うほど、今にも『先生が好き!』と叫びそうな衝動に駆られてしまう。


 もしも今私がここで涙を流したら、またいつかの夏の日のように熱い胸に私を抱き締めてくれるのだろうか…

 ふとそんな狡い想像をしてしまう自分が憎らしくて、ますます私を苦しめる。


(清瀬くん…)


 私はなるべく清瀬くんのことを考える。

 にやりといたずらっ子のように笑う笑顔、腕の中の温もり…


 でも…


『利用してよ、全然』


 ふと浮かぶ彼の言葉に、自分の狡さが紛いのないものであることが裏付けられるようで、さらに苦しくなる。



「あのさ、実は帰りにちょっと話したいことあるんだ」

 先生は言いながらてきぱきと身の回りのものを片付けていく。


 好きなのに、傍にいたいのに、こんなに辛い─


 もう何も考えたくない…


 私はもう清瀬くんのことも考えるのを止めた。