「…ふっ…う…」


 清瀬くんは何も言わず指の背で私の頬を撫でてくれた。

 その僅かな温もりが今の私にはあまりにも優し過ぎて。

 優しさに甘えて私は胸の内に湧き出す言葉をそのまま零す。


「…先生は」

「ん?…あぁ」

「私のこと、好き、だって…」

「…へぇ」

「生徒、だから…」

「え?」

「生徒のこと、好きじゃない教師は…ダメだ…て」

「……」


 そこまで言うとぽろぽろと溢れる涙に言葉が続かなくなる。

 こんなこと言われても清瀬くんだって困ることは分かってる。

 けれど抑え切れず涙はどんどん溢れてくる。


「泣けよ」

 清瀬くんが私の肩に腕を回す。

「我慢しても苦しいだけだろ?」

「清瀬、くん…」


 清瀬くんの腕の重みと体温が、氷塊を溶かしていくように胸につかえる何かを溶かし、そしてそれは涙となって滔々と流れていく。


「…ごめん、ね。こんな風に、清瀬くんに甘えるの、間違ってるの分かってる…」

「だから止めとけって言ったのに」

「……」

「なぁ、舞奈」

「…うん」

「付け込んでるの分かってるけどさ…

 俺と付き合ってよ」


「……」

「一週間、いや、傷が癒えるまででいいから。俺のところに来いよ」


 気付いたら清瀬くんの傍は温かくて、どこか居心地が良くて。

 でもこんな時にだけ頼ってしまっているようで申し訳なく思う。


「お前の今考えてること、何となく分かる。けど、全然いいから。
 お前に頼られるなら嬉しいし。利用してよ、全然」

「!!」

「だから、な?俺と付き合う?」

「……」

「舞奈、好きでいても苦しいだけなの分かってるんだろ?」

「…うん」

「じゃ分かったら返事。俺と付き合う?」

「…はい」


 清瀬くんが腕に力をこめて私を抱き寄せた。

 私は清瀬くんの胸に頬を寄せる。


 多分もう恋はしない。

 でも先生にさよならとは思わない。

 だって今も、これからも先生は先生。先生にとって私は生徒…


「ごめんね…」

「なんで?俺、チャンス貰えたと思ってっし。舞奈がソイツのこと忘れるまでに振り向かせるから覚悟してて」


 清瀬くんがにやりと笑う。


 今はその笑顔に救われる。
 今はその笑顔に甘えさせて…


 私は涙が止まらないまま、凄く無理して多分きっと凄く不細工な笑顔を返した。

       *   *   *