「せーんせ」
英語準備室のドアから顔を出す。
「おう」
先生が甘い笑顔で応えてくれる。
当たり前のように準備室に入り、いつもの席に座る。
「ちょっと待って。ここだけ終わらすから」
パソコンに向かって後ろを向いたまま先生は言う。
先生の栗色の髪に照明が映り込んで艶々しているのを頬杖を突いて見つめていた。
『止めとけよ、お前のこと好きだって言えない奴なんて』
清瀬くんの言葉が頭の片隅を掠める。
(…無理だよ)
「お待たせ。で、今日はどこだ?」
「あのね、これ。今日は赤本」
取り出したのは一流私大の赤本。
「なんでこんな難しいとこのやってんの?」
「う…うん…」
だって難しい方がいっぱい先生との時間を取れるもん…
「まぁいっか」
先生は隣に座っていつものように丁寧にその難問を教えてくれる。
穏やかな時間。
先生の温もりを直ぐ近くに感じられる、大好きな時間。
でも─
不意に清瀬くんの言葉が脳裏に閃き、心に陰を落とす。
その陰は暗雲のように幸せな気持ちを少しずつ覆い尽くしてゆく。
『好きな奴のこと、忘れさせてやる』
忘れなきゃいけないの?
そんなこと、ないはず…
ないよね…?
先生。
先生私のこと…
「ここを読めばcompletlyもallも違うのが分かるから、消去法で答えはAでしょ。
後はない?」
「先生…」
「ん?」
この質問は訊いても良いもの?
でも、もう胸が苦しくて我慢できないよ…
「先生私のこと…
好きですか…?」
ずっと胸の内に抑え込んできた問いが唇から零れ落ちる。
「えっ?」
赤本から顔を上げて先生を見つめる。
先生もまた私を見つめている。
先生の大きな瞳は更に大きく見開かれて、私の問いが先生を酷く驚かせたのが分かる。
見えない糸のように視線が絡み合う。
この糸を辿って、その瞳の奥にある先生の本当の気持ちが掴めたらいいのに…
『先生私のこと…
好きですか…?』
占いの応えを探して水晶玉を覗くように、私は先生の鳶色の瞳を覗き込む。
でもそこにその応えはなくて、ただ私が映るだけ…



