16話「反則です。」



 二人を乗せたタクシーが停まったのは、白を基調とした3階建てのマンションだった。新築のように、どこも綺麗で入口の草木もしっかりと手入れされていた。

 「ここの3階の部屋です。」

 白の後について歩くと、3階の奥部屋の前で立ち止まった。奥部屋は、他の部屋よりも大きい造りになっているように見えた。 
 白がカードキーを使って部屋を空ける。しずくは、恥ずかしさのあまり逃げでしたい衝動にかられたが、ぐっと我慢をして気持ちを落ち着かせた。

 「あまり、綺麗ではないかもしれないので、驚かないでくださいね。」
 
 そんな事を話す白だったが、全くそんな事はなく、むしろ逆の意味で驚いていた。
 仕事場兼自宅と聞いていたので、物がたくさんあるのだろうとか、男の人だから多少は乱雑なのだろうかと予想していた。
 だが、どこもしっかり整理されていたのだ。

 白の家は、リビング、寝室、仕事場の3部屋あり、キッチンも大きかった。
 すべての部屋が、白やシルバー、そして緑で統一されておりとても清潔感のある部屋だった。
 窓も大きめでリビングの上にも大きな窓があり、夜空を見ることができた。
 しずくが、「すごいねー!いいなぁー。」とその窓を見上げて言うと、白は嬉しそうに「僕もお気に入りなんです。」と微笑んでいた。

 白は仕事場も見せてくれた。
 デスクには沢山の資料なのか紙や本が置いてあり、両脇には画材の筆やペン、絵の具らしきものが並んでいた。
 部屋の壁には、イラストや写真がランダムに貼られてあったり、本棚には絵本などの様々の書籍が並べられていた。
 この1室は、しずくが見たこともない特別な物たちで埋め尽くされており、とても新鮮でキョロキョロみてしまう。そんな様子を微笑みながら、しずくが見ているもの一つ一つを説明してくれた。
 もちろん、部屋にはさつき自身の絵本も置いてあったが、キノシタイチや他の作家の作品も多数置いてあった。保育に関するものもたくさんあり、子どもの事をわかろうと、頑張っているのが伝わってきた。それが、自分と同じだなぁっと重なる部分を感じて、しずくは更に嬉しくなった。

 白の部屋を見て回っていると、作業机にある小さな棚の上に、紙の上に大事に置かれているものがあった。
 それが気になって、近づいてみる。するとそこには、枯れてしまった一輪の花が置いてあった。綺麗な緑色はもうなく、すべて茶色になり、カラカラに乾いてしまっていた。少しでも触れると、壊れてしまいそうな儚さがあり、それを見ていると、しずくは妙に切ない気持ちになった。

 「白くん、これって、、、スターチスの花?」
 
 本当は確認しなくても、しずくにはわかっていた。それはしずくにとっても、彼にとっても大切な花なのだから。
 この花はどうして、こんな姿になっても大切にされているのか。大切な意味があるのが感じられたのだ。

 「これは、僕たちが付き合う前のしずくさんの誕生日の日に目印代わりに置いていったもので、しずくさんが車に残したスターチスなんです。」

 しずくが振り返りながら彼を見ると、今にも泣き出してしまうのではないかと思う表情をしていた。
 しずくの誕生日だったあの日。しずくは、光哉と再会し、その事を白に話をすると、白は初めてしずくに怒りの表情を見せた。怒鳴りつけたわけでも、無視をしたわけではなかった。けれど、そのするどく冷たい瞳は、しずくの心に残っていた。彼を強く傷つけてしまった事へ、後悔が今でも残っている。

 そのため、このスターチスの花を見て切ない気持ちになったのかもしれないと、しずくは思った。

 白の話を聞いて、また、枯れたスターチスを見つめる。あの日、しずくを白へと導いてくれた花。今は枯れてしまっているけれど、あの日と同じように大切にされている。苦い思い出でも、二人にとっては必要だった昔だ。

 複雑な思いで花を見つめていると、白の腕が伸びてきて、ゆっくりと確かめるように後ろから抱き締められた。
 優しく大切に。まるで、花を抱き締めているようだった。

 「これを見る度に思い出せるようにしてるんです。僕が勝手に嫉妬して、そしてしずくさんを悲しませたから。もう、そんな思いはさせないって、決めたんです。」

 決意を込めるように強く言葉を紡ぐ声が、しずくの耳元で聞こえる。
 彼の顔が見えなくても、白が真剣であることはよくわかった。

 「しずくさん、僕は本当にあなたが好きなんです。ずっとこうしていたいぐらいに。だから、悩まないで僕になんでも言って欲しいんです。嫌いになることなんて、絶対にないですから。」
 「、、、白くんは、わたしを甘やかしすぎだよ。」
 「もっと甘やかしたいんですよ?」
 
 企んだような少しだけ楽しそうな声が聞こえて安心し、白を横目でみると、少年のような顔がニコリと笑っていた。
 少しの間、彼を見つめる。
 
 「キスのおねだりですよね?でも、それは甘えにならないですよ?」
 「今はそれが欲しいの。」
 「、、、やっぱり今日のしずくさんは反則だ。」

 余裕が無くなったのか、口調が変わってしまったのにも気づかず、白はしずくにキスを落とした。

 しずくは白からおねだりの甘いキスを何回も貰い、気づくと向かい合うように抱き締めあってお互いに熱を感じあっていた。