12 話「手を繋いで」




 しずくがサイン会の教室を出ると、青葉と心花がこちらの様子を伺っていた。しずくと白の驚愕した声が聞こえてきたのだろう。

 「お姉さん、白先輩とお知り合いだったんですねー。」
 「そうなの、、、。ごめんなさい、大きな声を出してしまって。少し驚いちゃって。」
 「知らなかったら無理ないですよー。」

 そう笑いながら言う青葉は、白とのしずくとの関係に気づいてないようだった。心花の方を見ると、何故かじっとしずくの事を無言で見つめていたのだ。

 「あの、心花さん?先ほどは、ありがとうございました。」

 青葉の前で言うのは申し訳なかったが、気を使ってくれた心花にしずくはお礼を言った。すると、すぐに花ような可愛い笑顔で、「いえ!ありがとうございました。」としずくを見送った。
 しずくが見えなくなるまで、心花は無表情のまま後ろ姿を見つめ続けていた。


 「はぁー。」
 しずくは、白から逃げるように東館から離れて、気がつくと中庭のような広場に着いたので、空いていたベンチに腰を下ろした。

 お昼の時間帯だから、屋台で買った物を食べながら過ごしている人達が多かった。天気もよく、芝生も手入れされているため、草の上でピクニックでもするように、座り込んでお弁当を食べる家族もいた。 

 しずくは、ちょうど木陰になったベンチ座って、呆然とその姿を眺めていた。
 だが、頭の中は白の事でいっぱいだった。


 白の仕事は、絵を描くこととは聞いていたが、まさか絵本作家だとは思ってもいなかった。絵本が好きなのは知っていたが、それを仕事にしているなんて、考えもしていなかった。それに、白に詳しく聞く事が出来なかったのは、しずくのせいでもあった。
 白が話さない事は、知られたくないのかなっと勝手に思っていたのだ。質問して白に拒否されて、自分が傷つくのが怖かったのかもしれない。
 白なら話してくれると思いながらも、自分から言えなかった。年上の彼女として、とても情けない。
 彼を信じていないと思われても仕方がない行動だった。


 そして、サイン会では走るように逃げてきてしまった。驚くことは当然だが、別に悲しくなる必要なんてなかった。「有名な作家さんだったんだね!すごいね!」と褒めればよかったのかもしれない。
 だけど、しずくは「どうして内緒にしていたの?」という疑問だけが頭の中を閉めていた。
 短い時間かもしれないが、白は自分の事を信頼してくれていると思っていた。だからこそ、何故黙っていたのかが理解できなかった。
 白の事だから、何か理由があるのもわかる。

 しずくは、知らない姿の白を見て、寂しい気持ちになってしまっていたのだ。
 大学生として、王子と呼ばれ、人気だった彼。
 絵本作家として、有名人だった彼。

 しずくにとって、彼はしずくの彼氏としての白しか知らなかった。
 全部知りたいというのは、ただの我が儘で、嫉妬なのかもしれない。
 そんな醜い自分を、白の前で隠し通す事がしずくには出来なかった。


 考えるだけでも、悲しくなりずっと胸に抱いてきた絵本をそっと眺める。
 優しい色合いの可愛らしい絵本だ。
 「こんな素敵な絵本を作れるなんて、白はすごいね。」
 独り言を溢しながら、絵本を捲ろうとした。すると、「そんなことないですよ。」と、聞きなれた声がすぐ近くから聞こえた。

 パッと顔を上げると、そこには先ほどしずくが逃げてきた相手がしずくを見下ろしていた。