石田は、小早川の話が、まるっきりインターネット辞典、ウィキペディアの受け売りであることに腹を立てていたのだ。石田にしてみれば、小早川の知識の薄さも不愉快だが、後輩ぶぜいがほざく程度のホワイトデーに関する知識で満足していた自分が恥ずかしく感じられたのだ。バレンタインデーのしばらく前、石田もウィキペディアにアクセスして、ウンチクの披露の機会を待っていたのである。

 しかしこのケンタの小噺を最も憎らしく思っていたのは、赤面の中年、前田課長であろう。本田次長の調整と小早川発言で、ゆうに一時間半は費やされ、彼が一ヶ月間温めて来たスペシャルなお返しの買出しには、もう間に合わなくなってしまったのである。彼は仕事同様、すっかり捨て鉢になってしまっていた。

 ともあれ、結果として小早川ケンタが話した愛に命を捧げた偉人の挿話、すなわち聖バレンタインのケッコウな【誠意】のお話が、この場においてはホワイトデーのお返しというものを、けっして軽軽しく扱うことは許されない重みを持つものにしてしまった。

 小早川ケンタが場を和ませるために聖バレンタインの話をしたのであればそれは大失敗であったし、また単なる気まぐれであれば、図らずも会議の終着点を抜き差しならないものにしてしまったのである。

 是か非か。ホワイトデーお返し調整会議は、一括か分割かの白黒をハッキリつける以外の結論は無くなってしまったのである。古今東西、歴史とは案外と気まぐれによって決するのである。

 「もはや議論は尽きたように思い申す。この際、松平部長に一括、分割の裁決をいただこうではござらんか」

 と、義の人、上杉係長が提案した。会議が完全に麻痺した以上、お上に裁可を仰ぐべしというのは、組織、上下関係を重んじる上杉係長らしい提案であったが、同時にそれは妥当な提案でもあった。
 
 「うむ、それがよい、そうしよう、そうしようゼ!」既に捨て鉢になっている前田課長と、もう、どうしようもなく面倒くさくて、さっきからグッタリしてる加藤代理が救われたように同意した。一括お返し派の巨魁、福島課長は一瞬、「対立者からの提案なぞ受けぬわ!」と言いたげな表情をみせたが、完全に煮詰まった状況から脱するには上杉提案を拒むことは出来なかった。が、これに反発したのが、本田次長であった。