さっきから赤面している前田課長としては、石田係長に自分だけ特別なお返しをしたがっていると満座で恥をかかされた上は、石田派に組するのは、いまいましい。でもやっぱり、自分だけは気の利いたお返しをしたい。

 50男のジレンマとしてはあまりに小さな話であるが、若手女子社員との宴席を何よりの悦びとしている彼にとっては、今般の義理チョコの受領とホワイトデーの返礼は、次の宴への重要な橋頭堡なのである。

 おトヨの同期女子への影響力をも鑑みた上での重要な布石なのである。彼は悩んだ、が、矜持(プライド)と欲望を満たす妙案など世の中には無いのである。

 分割実施が優勢で鼻息の荒い、石田、上杉の両係長。めんどくさい、係長ぶぜいの言いなりになりたくない一括実施派の、福島課長、加藤課長代理。そしてどちらに属するかを渾身で思考する小早川ケンタと、もう泣き出したいくらいの前田課長。会議は完全に紛糾したのである。

 と、その時、ガチャリと耳障りな音が響き、小会議室の扉が開いた。
 
 「どうです、話はつきましたか」

 午後8時20分。残務整理のために今までこの「ホワイトデーお返し調整会議」を外していた本田次長が現れたのである。

 一同皆、マズイと思った。それは、影で他部門の者から、スネークピット、蛇の穴と畏れられる執拗な性格の本田次長が、この会議をさらに混乱させると直感したからだ。