「いっ、いい加減なことを言うな!」
おっさんはまだ髪がふさふさだった。
だからどうってわけじゃないけど。
「嘘じゃないですよ、ちゃんと見てました。
なぁ、あんたも見ただろ?」
男はためらいもなく、となりのOLに聞いた。その怖気付かない感じというか、勢いの良さにはっとした。これが芸能人の力なのかと。
「あ…はい、見ました」
女性は明らかに赤くなった顔でモデルの顔を見つめていたが、しっかりうなづいた。
「ほら、目撃者2名」
モデルが楽しそうに言った所で、電車は速度を落とし始めた。
「大変お待たせいたしました、〜駅、〜駅ー。お忘れ物…」
電車が止まった瞬間、おっさんは逃げるように人混みを掻き分けて電車を降りた。
「どけ!」
「うわっ」
僕は扉の前に立っていたので、おっさんに体当たりされてしまった。
そのせいで眼鏡に変な力が加わって、真っ直ぐにかけられなくなった。
痴漢未遂のおっさんは、ごった返している構内の中に走って消えていった。
普通に、細身のサラリーマンだった。
そしてふさふさだった。
「何なんだよ…」
僕だってしっかり働いてんのに。
「扉、閉まりまーす」
扉が閉まって、また自分の顔が映った。
「ごめん、巻き込んだみたいで」
「あ、いえいえ、大丈夫です」
後ろに立ってるモデルの男と、さっき目撃者ナンバー2にされたOLが一言会話をした。
すごいな、あのくらいの男になると初対面で年上でもタメ口なんだ。やっぱり世界が違うな。
「次、〜駅、〜駅」
電車がまた止まった。
気がつくと自分の降りる駅だった。
少し慌てて電車から降りた。
今日は…災難な日だった。
人の流れに乗りながら、ぼーっと改札を出た。
外の空気は冷たく、乾燥していた。
木々は葉を落とし、月は雲で霞んでいた。
《無理しないで》
佐々木先輩の声が何故か頭の中に響いた。
…帰りたくない。
都市部ではあるが、街灯はそれほど多くない。
それくらいの方が良いと思う。
夜ぐらい、暗いところにいたい。
駅前には広場があった。
綺麗な照明と、お洒落なオブジェなんかで雰囲気もある。
少しさみしい時、こういう場所でずっと座っていたくなる。周りにカップルがいても、それはそれでなんか気がまぎれるし、いいかなと思う。人がいないよりはよっぽど。
そこへ座って落ちつく前に、構内のコンビニに寄った。
安い缶ビールを買った。
広場へ戻ると、カップルはいなくなっていた。おい、いなくなるなよ。
まあ、いい。いたらいたで、どうせ虚しくなるだけだ。
「ぁ〜…」
誰もいないので、大きいため息をついてベンチに座った。
プシュッと缶の気持ちいい音が聞こえると、やっと一日の終わりを実感する。
ゴクゴクと飲み進める。
ふわふわして気持ちいい。
どんなに辛くても、こんな風に気持ちよくなれるなんて、お酒は素晴らしい。
僕を裏切ったりしないし、悲しませたり怒ったりしない。
「あーうめぇ」
自分もおっさんに近づいたな、なんて思ってみた。



