「…おいコラ結城!」



「はっ、はいぃっ!」


コピー機の音、こそこそとした話し声、電話に答える声、電話のなる音、誰かを呼ぶ声…
そのどれもを掻き消して、耳の中につんざく怒鳴り声は、今日もまた僕を呼びつけた。

僕は走って、机と机の間を縫って、声の主の元へ走る。

「イタっ!ごめんなさい、すみません!」

机の角に腿を強くぶつけた。ジンジンと痛むが、それより先に、とにかく頭を下げる。
もう、なんとでも罵倒してくれて構わない。
僕はむしろ、罵倒されることに慣れてしまい、頭を下げることで許されるなら喜んで頭を下げ、罵倒すら、聞き流せるようになった。

今日は何人に言葉の暴力を受けるだろうなぁ…まあ、大抵はあの人だけど。

まだ朝10時だと言うのに、体はずっしりと重たく感じる。そんな体を腰からねじおって、どんな罵倒が飛び出すかとため息をついていた。

すると、優しい声が頭から降り注いだ。

「今日も呼び出しくらっちゃってるねぇ、
大丈夫?頭上げなよ、結城君」

重たい顔を上げると、美しい華のような笑顔がこちらを見ていた。佐々木先輩だ。
優しく、頼れるキャリアウーマンとでも言うのだろうか?

とにかく、僕に味方してくれる、姉御肌で美人の先輩だ。しっかりしている性格で、世話好きであるから、勘違いした男達からのアプローチも日に日に熱烈になっていくようだ。

「あ、ありがとうございます、佐々木先輩」

オフィスは混沌としていて、電話は鳴り止まないし、広いオフィスを走り回る社員、汗をかきながらパソコンのキーボードを叩くもの、とにかく大忙しだった。

というのも、ここは雑誌の製作を担当している部署で、記事の最終確認、広告の変更、
取材元からの要望など、締め切り間近になるといつもこの状態なのだ。


「ほんと、困るよね〜人手不足で。
こんだけ人数がいても、まだゴールには程遠いなんて。もっと新入社員が入ってくれればよかったんだけど」

佐々木先輩はため息をついていった。
そうやって唇を少し尖らせてみせるのが、少しあざとくて、可愛らしい。

そんなことを考えている場合じゃない!

「そ、そうですよね。内定をもらっても3割程度しか入社してはこないなんて、僕も驚きました。まあ、その3割の中にいるのが僕なんですけど」

僕はどうしてもこの出版社に入り、この雑誌の製作に関わりたいという明確な希望があった。それでこんな風に忙しくても、やり甲斐がある。しかし、こんなに体が重くて朝がつらくて、日々が飛ぶように過ぎていくだなんて想像もしていなかった。