「瀬里お嬢。・・・着きましたよ」

はっと気が付けば、車はもう会社の前に停まっていた。考え事で意識が飛んでたのかも知れない。

「あっ、ごめん・・・っ」

慌ててシートベルトを外し、バッグを手にドアロックに手をかけた。

「行ってきます」

挨拶はちゃんと運転席の凪を振り返る。と。二の腕を掴まれて引き寄せられ、軽く唇が重なる。

「・・・行ってらっしゃい」

離れた凪の闇色の眸と間近でぶつかって。心臓が大きく波打った。

こんな風に時折りの不意打ちが増えた。
あの夜以来、体を重ねてはないけど。ふとした拍子に触れてくれる。それが。進歩というか、気持ちが近付いた証しに思えて嬉しいし、女子校生の恋愛かってぐらい赤面もので困る。

恥ずかしくなって泳がせ気味に視線を逸らし、「行ってくるね」とはにかみながら車を降りた。
ウィンドウ越しに手を振れば、相変わらずのポーカーフェイスで目礼が返った。

凪は凪だから。
きっとこれからも、こんな感じなんだろうなって思う。
普通の恋人みたいに甘々でデートに出かけるとか旅行とか、始終ベッタリとか。・・・それはそれで凪らしくないのも分かってる。違うからって他人を羨む気もない。

・・・・・・好意を隠さない晶さんはある意味、凪と対極だから。余計に甘く感じてただけ。そう自分に納得させてる。
フェミニズムだと思ってた晶さんの情が。本気だったことにどこか惑っていて。答えは出せてるのに靄がかってる。



自動ドアをくぐり抜けながら溜め息でフタを被せ。今日一日の仕事のスケジュールへと強制的に頭を切り替えた。

「セリ~、おはよー」

「おはよ結衣子!」

後ろから声がかかって、いつもどおりの笑顔を向ける。
他愛もないお喋りをしてるうちに、OLの日常が今日も始まっていた。