何か飲むかと訊ねた千也に「水でいい」と晶は次の約束を匂わせたが、腰を上げる訳でもなく、カウンターに頬杖をつきスツールに足を組んだまま、少し遠くを見るように黙ったままだった。

女が泣くのは嫌いだ。
晶は胸の内で、呪文のようにぽつりと呟く。

雑踏の中、泣きそうな顔で一人きりだった瀬里が目に留まったのは、ユリコのように華やかさがあったからでは無い。どちらかと言えば、線が細くて、清楚な雰囲気の大人しそうな女に見えた。

足が自然と向いて声を掛け、自分を振り仰いだ彼女と目が合った瞬間。晶の中で蒼い焔が煽られてはためいた。
肩に付かないくらいの柔らかそうなボブカットの髪が揺れ、もしもっと長い髪だったら・・・と無意識に面影を重ねている自分がいた。

晶は近くの珈琲ショップに彼女を連れて来て、やんわりと事情を訊き出した。彼女を知っていた。・・・らしくもなく運命のような気さえしたのだ。

他の男を想う瀬里を優しさの檻に閉じ込めて、どうしたかったのか。
それが愛情だったのか執着だったのか。晶自身も分かってはいなかった。