開店前のメテオは、グラスが触れ合う繊細な音と、弱い音量で流れる軽快なBGMだけの静寂な箱庭だ。
千也がいつも通りに準備を始め、少し経って晶が姿を見せた。

「珍しいネ、スーツなんて」

淡い笑みを浮かべて千也が目を細めると、晶はイタリア製の高級ブランドの上着を無造作に脱いでカウンター前のスツールに放り、えんじ色のネクタイを緩める。

「まあね。見合いの席に普段着って訳にはいかないだろ?」

見合いと聴いて千也が視線を傾げた。

「セリちゃんの?」

「わざわざ振られに行ったんだよ。本気出したら瀬里は俺のものになるけどね。今回は大島に譲った」

晶は肩を竦め、笑う。
涼しげな顔で言って見せたが、眼差しが僅かに揺れたのを千也は見逃さない。

「女が泣くのは嫌いなんだ。・・・優しく泣かせられないなら身も引くさ」

晶の端麗な容姿に、言い寄ってくる女は後を絶たない。長い付き合いで千也はある程度、晶の交遊関係を目にしてきたから知っているが、だいたいがその場限りの相手だった。だから瀬里を何度もここに呼んで、二人で出て行く光景を微笑ましく見守ってきた。

一ツ橋二の組の若頭補佐としての晶は、容赦なく非情だと千也の耳にも届く。それでも、彼女を見つめていた眸はひどく愛おしそうだった。偽りなく。