11月12日の今日は。凪にとって32年目の誕生日だった。
実のところ幼い頃から祝う環境で育ちもしなかったし、自身の誕生日に興味はないというのが本心だ。
だが瀬里は違う。彼女は純粋な愛情で、凪がこの日を迎えられたことを一緒に喜びたいのだ。それが愛おしく思える。凪にとっての誕生日とは、瀬里の至福を満たしてやりたいだけの意味を持っていた。


「気持ちだけは三年分以上、込めたのよ」

上着とネクタイを取り、シャツとスラックスだけの恰好で席についた凪の前にビーフシチューの深皿を置いた瀬里が小さく笑う。

組長の娘と世話係という一線を崩さずにきたから、瀬里が毎年、遠慮がちにフルーツタルトを買ってきて一緒に食べるぐらいのものだった。だがそれも4年前から途切れて、瀬里には特別に感慨もあった。

「デザートもあるから楽しみにしててね。凪」

自分の席にも皿を置き、腰掛けた瀬里に凪は口許を仄かに緩めて見せた。
さっきの甘い薫りはやはりフルーツタルトなのだろう。