「遅くなりました、申し訳ありません」

冷静を装い、頭を下げた。
いつもと変わらない、専務が話しかけてきた。

「いいじゃないか、そのスーツ。仕事じゃ見ないな」

「…っ、は…はい。少し明るめにしてみました」

「行こうか?」

「はい」

まさか、専務にスーツを褒められるとは思ってもみなかった。
このまま、ホテルに行っても会場には入らない、ううん…入れないのに。

役員専用の駐車場に向かうと、専務はある1台の車の前で止まった。

「今日は俺が運転して行くから、乗って」

そう言うと、助手席のドアを開けてくれた。

「え?社用車じゃないんですか?」

「ん、あぁ。帰りは自由にしたいからな、車は断った。さ、乗って」

「そ、そんな。専務に運転してもらうなんて…」

「いいから、さ、乗って」

言われるがままに、助手席に乗った。
専務の車、しかも助手席に…、私が乗っていいんだろうか…。

「ここからだと、30分もかからないかな。行くよ?」

「はい、お願いします」

ホテルまでの道のり、30分が短いようで長く感じられた。

「高瀬は、どこでフランス語覚えたんだ?ルイが、ネイティヴに近いって言ってたけど…」

「子供の頃、フランスに住んでいた事があるんです。親の仕事の関係で」

「へぇ、それで、か。どうして、フランス語が出来るって言わなかったんだ?」

「室長にも聞かれたんですけど、あまり目立つ事したくなかったん…です」

私の話を聞いていた専務は、少し驚いたようだった。

「珍しいね、目立つのが嫌って」

「それも、室長に言われました…。変わってると」

「いや、でもいるんじゃないか?そういう人も。いてもいいと思うよ」

運転する専務の顔を盗み見た。
ちょうど、信号が赤に変わって専務は車を止めた。私の視線に気がついたのか、横を向いた時に私と視線が合った。

「っ…」

見ていられなくなって下を向いてしまった。