Girl meets boy in the Red World

 ガタンゴトン。

 揺れと音で目を覚ます。
 私は眠っていたみたいだ。それも電車の中で。
 いつの間に私は電車に乗ったのだろう。
 記憶を手繰り寄せようと、もう一度目を閉じる。
 私は、私は……。
 眉間に皺を寄せて思い出そうとするのに、思い出せない。ここに至るまでの経緯が全く分からない。
 とりあえず家に帰らなくては。
 そこで、はっとした。
 家の場所まで分からないのだ。
 唯一まともに覚えているのが名前だけ。
 それと、いじめられたり、虐待されている映像が、断片的に頭に流れている。胸に忽然とある漠然とした不安感。
 まず、ここは今どこなのだ?そもそもの問題点である。
 窓からは夕日が指し、電車内を赤く染めている。目がやられるくらいの西日に、ギュッと目をしぼめる。
 細めた目で見た外は、都会の街並みに見えた。しかし、よく見るとそうではない。
 建物は多いが、どちらかと言うと工場と思われる建物の方が多い。
 デパートらしき建物もあるが、看板の文字の塗装は剥げ、明らかに使われていないようだった。
 -前言撤回。都会ではなく、スラム街といった表現の方が近いだろう。
 眩しくて目が疲れてきた。一度、正面に向き直る。
 そういえば、この電車には私しかいないのだろうか。他に人がいれば、分かることがないか聞いてみよう。たとえその人が何も分からなくても、少しは心が休まると思う。
 歩き出すと、静かな空間に私の汚いローファーの足音だけが響いた。
 この電車は一両編成らしく、最後尾へはすぐだった。
 一番後ろの長椅子に人影があった。
 学ランを着た、歳はあまり変わらないくらいの、茶髪の青年だった。
 私が近づくと、彼は顔をしかめながら目を覚ました。
 数秒間空を眺めてから呟く。
「あれ。俺なんで電車に乗ってるんだ」
 私と同じ疑問を口にしている。寝ぼけているからなのか、冷静なリアクションである。
 彼は虚ろな目でこちらを見た。
「誰?」
 もっともな質問だ。
「あ、えっと…」
 どもって挙動不審になってしまう。
 普段他人とコミュニケーションをとる機会がないためか、うまく言葉を発せない。
 そんな私に気づいたのか、彼は「ごめん、いきなり失礼だった」と謝った。
 彼は窓の外をチラリと見ると小さく驚いた表情を見せた。おそらく彼にとってもこの場所は見知らぬ土地なのだろう。現代日本で“スラム街”のような街なんて無いに等しい。
「君はここの人?ここってどこかな」
 尋ねられたが、それは私のセリフでもある。でも、無視はいけない。
 分からないなりに答えてみた。
「すいません、違います。私も気づいたらここにいて、私の他に人はいないかなって思ったら、あなたがいたので」
 なるほど、と彼は困惑した表情でうなずく。
「いまいち状況理解出来てないけど、現実ではないんだと思う。ありえない事が多すぎて」
 にわかに信じ難かったが、私自身もそんな気はしていた。けれど、現実に生きている私たちが、非現実の場所にいるなんて誰が信じられるだろうか。
 考え込んでいる私の顔を覗き込むように彼は見つめた。
「ばらばらより一緒に行動した方がいいよね。なにも分からない場所で一人って怖いし。とりあえず自己紹介しようか」
 ほら、ここ座りなよと隣の席へと腕を引っ張る。
 少し強引にも感じたそれだったが、普段悪意しか向けられてこなかった私には嬉しさの方が勝った。
 彼は言葉を続ける。
「俺は『加賀見真琴』。十七歳だよ。君も多分同じくらいだよね?」
「わ、私は十六です。名前は『花崎愛』って言います」
「ちかちゃん…。いい名前だね。一個下だったのか」
 こうやってまともな会話をしていることに感動を覚える。
 それに、いい名前と言ってもらえたことがなにより嬉しかった。嫌いだったけど、少しくらいは好きになれそうだ。
「それにしても、この電車どこまで行くんだろうね」
 確かにそれは気になっていた。
 ただひたすらに知らない街を走り続けている。
「乗っていればそのうちどこかに着くよな。多分」
 小さく呟くように言葉を発した真琴に、どう返すのがベストなのか分からず、何度もうんうんとうなずいた。
 独り言のようなセリフのときは、どのようなリアクションをするのが正解なのか。
 普段のコミュニケーション不足が露呈してしまっていて恥ずかしい。
 そのうち、会話が苦手だということを真琴に悟られたのか、向こうも気を使ってあまり声をかけてこなくなってきた。
 逆にこの無言の状態の方が、空気が重苦しく感じてしまって辛い。
 ――静寂を切り裂いたのは、ポーンという車内アナウンスの音だった。
 あの独特な車掌のダミ声が車両全体に響き渡った。

「次は、終点『最終駅』、『最終駅』です」

 終点で『最終駅』とは、なんとも安直である。
 このまま電車に乗っているわけにもいかないので、降りることになった。
 ホームは小さく、無人駅だ。
 私たちは足が赴くままに駅の外へと踏み出した。