彼女はあなたの綺麗な手を前に、息を飲みました。
あなたも、視線は涼しい顔でフロントガラスの向こうを見ていますが、神経は宙に浮いた指先に集中しているはずです。

彼女は覚悟を決め、ウェットシートを隔ててあなたの指先を四本包み込むと、ぐりぐりと一本ずつ拭き始めました。

あなたは黙ってされるがままにしていますが、頭では色々と考えを巡らせているはずです。

先ほどの事故で、もし隣に彼女がいなければ、もっと大きな被害が出ていたかもしれないのです。彼女が大声で知らせたから梶村さんは赤信号に気付くことができたのであり、あのまま突っ込まれていたら、あなたは無傷では済まなかったでしょう。

彼女はそこまで気づいていませんが、あなたはそれに気づいています。

彼女がジャージ姿でさえなければ、カフェでモーニングコーヒーとワッフルでもご馳走していたでしょう。

一方的に手を拭かれていたあなたは、出来心で彼女の指先をキュッと握り返しました。
あなたからの突然のアプローチに、彼女は息を詰まらせます。

「あ、え……?」

「ありがとうございます。……もう大丈夫です」

「は、はい……」

あなたは解放された右手を少し乾燥させてから、ハンドルの上に戻します。
シートの間隔を越えて近づいていた距離が、また元通りに離れていきました。