「あの、ありがとうございます、すみません……バス停かコンビニがあるところを知っていたら教えてもらえませんか。それか、電話を貸してください」

「五キロ先まで何もありません。バスも通っていません。電話は貸せますが」

「じゃあ電話だけ、お願いします」

潮風が強いからといって、道を歩いているだけでここまでボロボロになるものでしょうか。涼しげなワンピースはよれ、ひとつにまとめているセミロングの髪も結び目からあちこちはみ出ています。
あなたがよけいに不機嫌になって眉を寄せたのは、そんな彼女があまりに不審だったからでしょう。

それでも携帯電話を貸しました。彼女に“乗せてほしい”と言われたらどう断ろうかを考えていたあなたには、携帯電話を貸すことのハードルはそこまで高くはなかったのです。
車載ホルダーにセットしてあったそれを、親切にダイヤル画面を出して、助手席を挟んでドアの向こうにいる彼女に差し出しました。彼女は震える手で受け取ります。

しかし彼女は、ダイヤルに人差し指を向けたまま、固まっていました。