「本当、すみません。ホテルまで取って頂いて」
 頭を下げる母さんは、申し訳無さそうにしている。
「いいんですよ、顔上げて下さい」
 苦笑いしながら、母さんの肩を軽く叩く。
「...」
 顔を上げた母さんは、また少し俯き、男の足元をじっと見つめている。それが上の空だったということに気付くのは、男の言葉から。
「...そうやって考え事するの、変わってないね」
 静かに笑い、母さんがその言葉に反応し、顔を上げるまでの間に、男はその場を去って行った。
 その姿を、母さんはずっと見ていた。少しばかり目を細め、愛おしいものを見るように。
 私は、母さんに聞く。
「あの人とは、どういう関係?」
 聞くとは言っても、独り言のようになったけれど。
 母さんの方は見ずに聞くと、少しの間を置いて話し始めた。
「......一度愛した人、ってところかしら」
 その言葉に反応し、チラッと母さんを横目に見る。
「説明しにくいんだけど...まあ、冬にもこの気持ちが分かるときが来るわ」