朝、鏡を見て「よしっ」と気合いを入れた。

今日は演劇鑑賞会。


今日こそは声をかけるぞ!


電車に揺られながらシミュレーション。


おはよう。
おはよう。
おはよう。


呪文のように何度も心の中で繰り返した。


劇場の最寄り駅で成実と紘子を発見し、声を掛けた。


「楽しみ~」

紘子はよっぽど好きなのだろう。
ずっとニコニコしながら「楽しみ」と繰り返していた。


劇場の中に入り、席へと向かう。
クラス毎に別れて座っているが席は来た人順に座っているらしい。

中原君はまだ来ていない。


先生の指示通りに三人で座り、話をしていると後ろからアツヒロ君の声。

こんなざわついた劇場内でも聞こえる声って……と振り向くと三つ後ろの席に中原君の姿も捉えた。


声を掛けたくても、遠すぎる……。

それに周りもざわついてるし……。

五ヶ月の壁が無くても難しい。

おはようは無理……。

もっとのんびり向かえば中原君の席の近くになれたのにな……。

その距離に断念した。