少し冷えた頬を手で温めながら二階へ上がると、制服をカーテンレールのハンガーに掛けた。

あまり気に入ってはいないが、何となく着やすいグレーのいつものパーカーに袖を通す。

桃は一階に下りると、冷蔵庫から昼間のおかずの残りを取り出し、ラップの隙間から中身をつまんだ。

炊飯器の、少し硬くなりかけたご飯を茶碗に盛ると、狭い台所の丸椅子に軽く腰掛けたまま、掻き込み始めた。

「ちわー」店の方から話し声が聞こえる。

また客が数人入ってきた様だ。

母が水を出しながら、高い声で注文を訊いている。

桃はこれから、1日で一番のかき入れ時を手伝う事になっている。

今頃愛子は、予備校で早い受験勉強を終え、温かい夕飯の待つ自宅へと向かっているかもしれない。

桃は考えまいとして、おかずへまた箸を伸ばした。


桃が三角巾を着けながら、居間と店を隔てる長い暖簾をくぐると、戸川は待ってましたと言わんばかりに顔を輝かせ、「桃ちゃん来たからビールもう一本!」と叫んだ。

そして声のトーンを下げると「桃ちゃん、今日もお酌してくれる?」ときいてきた。

勿論断れる筈もない。
内心(このエロオヤジ)と思いつつ、冷蔵庫から取り出したビール瓶と栓抜きを持って、桃はカウンターの外へ出た。