桃は一瞬間近のタツミの顔に戸惑ったが、次の瞬間に視界が遮られた。

鼻に当たるタツミの鼻の感触と、緊張の伝わる薄い唇が自分の唇にゆっくりと押し付けられたのを感じた。

桃はびっくりして、息ができなかった。

(やだっ私、鼻たれてんのに!)

二人はお互いの腕を握ったまま顔を離すと、タツミは息が苦しかった様に、
「ぷはっ」
と言った。

桃は悲しいのにタツミの様子が可笑しくて、顔をくしゃっとさせた。

タツミは嬉しさに笑顔が抑えきれず、下を向いている。

「こんな時にゴメン。嫌だったろ」

「ううん、でも今こうしているのも守屋さんのおかげだと思うと、つらいの」

「守屋さんって言うんだ。その人」

またタツミは桃を覗き込んだ。

「うん、ここの小児科の看護婦さんだった人」

タツミは驚いた顔で言った。
「えー小児科の?」

タツミは急に何かを考える様に宙を見上げた。

外はもうすっかり日が暮れて、面会時間は終了していた。

桃はこっそり病院を出ると、自転車に乗って門を出た。

目の前に昨日おばちゃんが笑って座ってた椅子が、今日はガランと2つ並んでいるだけだ。

桃はその椅子をしばらく眺めてから、家の方向へと走り出した。

そうして昨日、おばちゃんが嬉しそうな顔だったのを急に思い出した。